番人たち
「おーい、魚焼いたぞー。ジャーン」
ソネが呼ばわったのは、この島に住んでいる赤の番人、ジャン。
「悪いな。お前ばっかりに料理させちまって」
ジャンがへへっ、とでもいうう風に頭をぼりぼり掻く。
「だって、ジャンの料理なんてとても食えたもんじゃねぇし――魚も焼けないなんてどうしてそうなんだよ。普段は器用なくせに」
「ははっ。まぁそう言うなって」
「それでいて味にはうるさいんだもんな」
「感謝してるって。ソネ」
ジャンは言った。その気持ちに嘘はない。魚の焼けるいい匂いと、煙の匂いがする。
「香ばしいな。どれ、お呼ばれにあずかろうか」
「イリエも呼ぼうか?」
「――やめた方がいいと思うぞ」
「……冗談だよ」
イリエはオットセイ男である。確かに魚も食しはするが、あまり同類は食べたくないようだった。優しい男なのである。
(何も食べずに生きていくことが出来れば、どんなにいいだろうな)
イリエのその言葉をジャンは思い出す。ジャンも同じようなことを考えたことがある。――ジャンは永遠に生きているのだから。永遠に生きると言うことは、永遠に物を食すと言うことである。
(ごめんな、魚達――)
ジャンは、これから食べる魚達に祈りを捧げる。自己満足かもしれないが、そうせずにはおれないのだ。今度は、幸せな世界に生まれ変わってくれればいいと思っている。
「ジャン――赤の番人よ」
「元気じゃったか?」
「長老! ヨッパライダー様!」
梟博士のカムイとお花見怪獣ヨッパライダーがやって来た。
「いい匂いにつられてやってきたんじゃよ。魚か。酒のつまみにいいじゃろうな」
「あの、ヨッパライダー様……あんまり飲み過ぎない方がいいと思うのですが……」
「ジャン」
ヨッパライダーがぎろりと睨む。
「わしの楽しみをとるでない」
「そんなつもりじゃありませんけど、お体が――」
「お、俺もヨッパライダー様のお体が心配ですッ!」
ジャンの台詞を遮るように、ソネが言った。
ジャンは、ヨッパライダーがアルコール中毒でないかと疑っているのである。この豪快な怪獣が肝臓でも壊して病の床に就いたりしたら、島の者達はさぞかし皆、悲しむであろう。皆、ヨッパライダーの豪放磊落さが好きなのだから。
「ありがとう。でもな、わしは太く短く生きたいんじゃ」
もう既に長いこと生きているヨッパライダーの言葉である。
「では、二日酔いに効く食物を探してきましょう」
「済まないのう。ジャン。流石は赤の番人」
「赤の番人は関係ないと思いますが――」
ジャンは照れくさかっのだ。そして――嬉しくもあった。
「おっと、植物なら俺の方が詳しいぜ」
ソネが笑った。ソネはメタセコイヤの精の子孫で、下半身は木の根っこになっている。だから、植物の生態にも詳しいし、植物の気持ちにも精通している。――ジャンも笑った。
「そうだな。――次の時はウコンでも用意してくれ。頼む」
「任せときなって!」
ソネはどんと、厚い胸板を叩いた。ジャンもソネも鍛え上げられ、日に焼けた体をしている。
「ソネも頼もしき青年に育ったものよのう」
ヨッパライダーは早速酒を飲み干している。ジャンも、ソネの成長をつぶさに見ているので感慨深い。
「どうじゃ。カムイ。お前も一杯やらんか?」
「わしは幽霊じゃ。……おぬし、わざとじゃろう。ヨッパライダー」
「ははは。わかったか」
暗くなって、星も出て来た。南の島の夜空は最高だ。濃藍の空間にダイヤモンドが敷き詰められているように見える。ここよりも星が綺麗に輝いているところを、ジャンは知らない。
――あ、流れ星。
(世界が平和でありますように――)
流れ星は消えてしまった。
「ああ――」
「何じゃ? ジャンは何かを願っとったのか?」
「ええ、まぁ――世界平和を」
「世界平和か……」
ヨッパライダーは眉を寄せた。
「あいつらがいなくなってもらわない限り、無理だぜ」
ソネが、ヨッパライダーの言いたいことを代弁してくれた。
あいつら――ガンマ団。
世界一の殺し屋軍団で、率いているのは、赤の一族と敵対している、青の一族。――まぁ、それはヨッパライダーとかが勝手に敵視しているだけかもしれないが。
けれど、ジャンは知っている。彼らもまた、情にあつい、笑いもすれば泣きもする、人間らしい人間で、決して殺人マシンなんかではないことを。
それに――ガンマ団には、ジャンの愛しい人がいる。
(元気かな。――サービス)
サービスは、ジャンより先に死ぬ。それはもう、わかりきったことである。もう一度会えたなら――。けれど、ジャンには世界平和の方が大事であった。
サービスがガンマ団を辞めたのは非常に賢明だと、ジャンは思った。
それから、シンタロー。
くせもの揃いのガンマ団のメンバーの中で、彼はどのように育つであろうか。きくところによると、シンタローはマジックに可愛がられているようだが。――カムイが教えてくれた。
「――なぁ、ジャン」
「え? 何?」
「ほら――俺もさ、ガンマ団に行って奴らを全滅させて来ようかなって」
「――無理だと思う」
「何でだよ! 俺だって強くなったぜ! そりゃ、ジャンには負けるかもしれねぇけど――」
「ソネ。ジャンはお前の下半身のことを言っておるんじゃ。お前がガンマ団の土地に行ったら捕まえられて見世物にされるのがオチじゃぞ」
――カムイが珍しく厳しいことを言う。ソネが本気であることを見越して、そう告げたのだ。
「ちぇー。俺だってジャンの力になりてぇのによぉ」
もう、充分なっているさ。
それを伝えるように、ジャンはぽん、とソネの肩を叩いた。
「ソネ。もう少ししたらイリエのところにも遊びに行こう」
「そうだな。しばらく行ってないから、あいつ、拗ねているかもしれないし」
カムイが笑顔で、うん、うんと頷いている。番人同士、仲のいいことは望ましいと考えているのであろう。
「身も蓋もないこと言って済まんのう。ソネ」
「カムイの言う通りじゃが、世界の平和の為に戦おうとする心意気、立派じゃぞ」
「そ……そかな……」
今度はソネが照れる番であった。ジャンもこの話し合いに加われて、良かったと思っている。ジャンは、ソネも、イリエも大好きだから――。
「さぁ、酒を土産にイリエのところへ行くか」
イリエはウォーターフロントの番人である。いつも、湖の岸辺にいることが多い。
「あまり酒の味なんか覚えさすんじゃないぞ。ヨッパライダー」
カムイがヨッパライダーに釘を刺す。
イリエも星を見ていたらしい。空を見上げながら、
「美しい……」
と、呟いている。
「おら、イリエ。来てやったぞ」
「何だ。ソネか――せっかく星を見てロマンに浸っていたのに、邪魔をして」
「ロマンじゃ腹は膨れねぇだろ。大体てめぇがロマンを語れる面か」
「お前は馬鹿だから、腹が膨れたらとっとと寝ちまうんだろう?」
「おうおう。俺は馬鹿だからややこしいことは考えねぇのさ」
ジャンは吹き出した。ヨッパライダーとカムイが姿を現すと、イリエが居住まいを正した。
「ヨッパライダー様、カムイ様。お二方とも、こんなむさくるしいところへようこそおいでなさいました」
権威に弱ぇな、とソネが揶揄すると、煩いとばかりにイリエがソネを睨んでやった。――束の間の平和をジャンは味わっていた。
後書き
ジャンと番人達です。
ソネとジャンの距離感が好きだなぁ。
ジャンはサービスと別れて寂しいかもしれないけど、カムイやヨッパライダーもいて良かったね。
2018.06.21
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