番人の苦労

「た……大変です、ジャン様!」
 今日もライを誘おうと人里に下りてきたジャンの元に駆けこんできた少年がいた。
「大変って、何が?」
「ストーム様達が暴れてます!」
「――そこにライはいるか?」
「……いえ」
「じゃあ、ほっとけ。いつものことだ」
「それが……ソネさんもいるんです」
「何だって?!」
 ジャンが鋭い声を出した。ソネが関わっているのならば、知らぬ存ぜぬを決め込む訳にはいかない。
 ソネはジャンの部下だ。
(あいつ……血の気が多いからな)
 つまり乱暴者ということである。
 マジックも苦労するな。
 ジャンは、ストームの兄で青の一族の長であるマジックの気持ちがわかる気がした。
「どこだ!」
「こっちです!」
 少年に案内されて、ジャンは喧嘩の現場に来た。果たして、ソネはいた。
「げっ……! ジャン!」
「元気そうだな、ソネ」
 ジャンはわざと怒気を含んだ声を出した。
「ジャンが! ジャンが来たぞ!」
「逃げろぉ!」
「あ、おまえら! 勝負はまだついてねぇぞ!」
 ストームが逃げて行く喧嘩相手達を叫んで引き止めようとする。
「勝負は預けとく!」
 リーダー格と思われる体格の少年が走りながら振り返る。そして行ってしまった。
 残されたのは――呆然としているストームとソネ。
「何だよ! 邪魔しやがって!」
 ストームが文句を言う。
「ストーム。俺は多少の喧嘩には目をつぶる。でも、ソネが絡んでるとあってはな――」
「あ……あ……ジャン……」
 ソネは半泣きになっている。
「お仕置きが必要だな」
 ジャンがボキボキと指の骨を鳴らす。
「ストーム、アンタのことはマジックに任せてあるから、ソネは俺がお灸をすえてやる」
「た……た……」
 た~すけて~!と言う悲鳴が辺りに木霊した。

「はぁ……」
 全てが終わった後、ジャンは白の神殿に帰ってきて溜息を吐いた。
「どうした? ジャン」
 相棒のアスが長椅子の隣に座る。
「いや、子供をしつけるのも大変だなって」
「貴様だって子供みたいなものだろ」
「――ソネのことだよ」
「ああ、あいつ、えらくボロボロになってたな。貴様がやったのか?」
「そうだよ」
 ジャンはまた溜息。
「喧嘩したんだそうだな。村の子供と」
「そ。ソネの奴、村に下りては喧嘩三昧。もうやだっ!」
「貴様につけられた傷の方が何倍も痛い、と奴は言ってたぞ」
「そうか……」
 アスはいざり寄ってジャンの肩を抱いた。
「慰めてやろうか?」
「いらない。――俺にはライがいるから」
「ライか――かなり倍率が高いぞ」
 アスは、ストームの双子の弟で島一番の美貌の持ち主と呼び名の高い、ライのことを口にする。
「構わない」
 ジャンはアスの手を振り払って立ち上がる。そして白い大きな柱に手をかけた。この建物はどこもかしこも白。『白の神殿』と呼ばれる由縁である。
「あのストームって奴も、あの弟には手を出せないって評判じゃないか。ま、ストーム自体狙われているけどな」
「そんな物好きがいるのか?」
 ジャンは目を丸くした。
「おや? ストームをよく見てみたことないのか? あいつは美形だぞ」
「やめてくれ……おまえとストームなんて、考えたくもない」
「まぁ、俺もストームは友達でたくさん、と思うがね。ジャン、こっち向け」
 ジャンに近づいたアスが、ちゅ、とキスをした。
「――アス」
「心ここにあらずと言った感じだな。まぁいい。今の貴様がライに夢中ならな。どうせ、あいつは老いて死ぬ」
 アスはせせら笑う。
「――そんなことはさせない」
「させないって――手はあるのか?」
「なかったら妖怪だろ?」
「素でボケるな。ジャン。それに、俺達はもともと妖怪みたいなもんだろ」
「――そうでした」
 ジャンが笑顔で舌を出し、自分の頭を軽く小突く。
 ジャンとアスは永遠の命が約束されている。老いることも、死ぬこともない。彼らはこの島の番人なのだから。
「秘石も何であんな脆弱な生き物作ったんだろうな」
 アスがひとりごちる。
「人間が? 脆弱と思うか?」
 とんでもない、という風にぶるぶる首を横に振ってジャンは答えた。
「独り言なんだがな」
「――人間は、おまえが思っている以上に遥かに強いよ」
 皆まで聞かずジャンが言った。
「人間は子供から大人になって成長して子を作り、自分の使命を果たして死んでいくんだ。それがその子供に受け継がれて、その子もいずれ何かを成す。そうやってこの島は発展してきただろう?」
「俺はそうは思わん。貴様は人間を買いかぶり過ぎだ――ジャン」
「――そうかもしれない」
 けど、俺は人間を信じたいんだ。ジャンは心の中で呟いた。
 ストームだって人間だし、ソネだって長命とは言え、いつか寿命を迎える日が来る。
 それでも――信じたいんだ。人間を。明日を。
 だから、苦労しながらもこの番人の仕事をやっている。
 そのうち、ライと共に暮らすことができたら本当に嬉しいと思う。けれど、それは叶わぬ夢だ。
 俺は島の番人であって、ライの番人ではないのだから。そうなれたら本当に嬉しいんだけど。
 創造主である秘石を裏切る訳にはいかない。特に赤の秘石は。
(赤の秘石は口調は優しいけど、結構えげつないこともするからな……)
 ジャンは決して言ってはいけないことを考える。しかし、造ってもらった恩もある。そして、ジャンはそんな赤の秘石に感謝もしている。
 愛する人々に出会えたから。それは決してライばかりではない。
「――何だ? にやにやして。気色の悪い」
 アスに眉を顰められつつも、ジャンは嬉しくなってくるのが止まらない。
「いや。生きるって素晴らしいと思ってさ。周りの人達も温かいし」
「は?」
「アス――おまえも俺の仲間の一員だぜ」
 アスは……少し引いたようだった。
 そう。みんな仲間なんだ。ライだっているし。
 ソネとかストームとか――目の前にいる青の番人アスにだって振り回されることがあるけれど……。
 ジャンは苦労も幸せのうち、と思うようになっていた。そうでなければやっていけないのだから――。

後書き
アスジャンですが、ジャンが好きなのはライ……。がんばれ、二人とも。
2012.3.18


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