エイプリル・フール

「大変だ! 高松!」
 サービスが、いきなりロックもせず、寮で宛がわれている高松の部屋のドアを開けた。
「な……何事ですか?」
 無作法は、サービスの双子の兄、ハーレムの専売特許だったので、少なからず、高松は驚いた。
 サービスは、もっと慇懃無礼だ、と思う。
「この雑誌を見てくれ。これから三ヵ月後に、予想だにしないような規模の大地震が起こるんだって!」
「なぁんだ。そんなことですか」
 サービスの真面目くさった表情に、高松はからからと笑った。
「やっぱり高松はひっかからなかったか」
「当たり前でしょう。そんな幼稚な手。ありとあらゆる方法を使っても、いつ大地震が起こるかわからないのが現状なんですから」
「せっかくの四月馬鹿だ。少しはのってくれてもいいだろう?」
「エイプリル・フールですね」
「エイプリル・フールズ・デイだよ。または、オール・フールズ・デイ。あーあ。こんな雑誌買って損したよ」
「なんですか、それ」
「月刊ガンマガンマ四月一日号」
「名前からして嘘臭いですね。他にどんなのが載ってます?」
「えぇと。『全巻伏字の本がベストセラーに。作者曰く、皆さんの想像力と創造力に賭けてみたいと思います』あとは、『8月2日が、ダブル・フールズ・デイに制定』、あと、『人類が月へ行けるというのは、NASAによる嘘』」
「あはははははは」
 高松は腹を抱えて笑った。
「NASAの陰謀説ですか。でも、これは、本当に信じている人がいるから困るんですよねぇ」
「大地震の予測ができなくても、月に行くことはできるのか。それが科学なのか?」
「地震観測は、科学の粋を集めてやってます。伊達ではありませんよ。それに、人間には、もう既に、月へ行くだけの科学力は持っています」
「ふぅん。そうかい」
 サービスは面白くなかった。高松の反応が、いまひとつ、なのである。
(ルーザー兄さんが危篤だなんて言ったらどうするだろう)
 そこまで思ってみたが、結局やめにした。
 いくら嘘でも、あんな優しい、純粋な次兄を病気にすることなんてできない。
 双子の兄のナマハゲ頭だったらちっとも構わないのだが。
「四月馬鹿など、ハーレムなんかは格好の餌食じゃないですか」
と、高松が、正しいが、当人がここにいたら、殴られてもおかしくないことを口にした。
「それが、どこかに出かけているんだよ。……つまらんな。誰か踊ってくれる単純な奴はいないかな……」
 高松とサービスは、視線をしばらく泳がせてから、互いの顔を見た。
「ふふふ……サービス、今誰のこと考えたか、当ててみましょうか?」
「奇遇だねぇ。僕もちょうど彼のことを思いついたところだよ」
「では、一緒に言いましょうか。せーのっ」
 ジャン!

「ジャンを騙すにはどうしたらいいだろうなぁ」
「やはり、古典的なところでラブレターネタは?」
「よし!それで行こう! 文章は僕が書くか」
 高松は、勉強の息抜きを口実に、サービスとラブレター作りに勤しんだ。
「私にとって貴方はさながらアポロンのよう……」
「高松……そんな気色悪い形容はいい。こっちは直におまえの顔を見てるんだから」
 そのようにしてできた力作(?)がこれである。
『ジャン様
一目見た時から、アナタのことが好きになりました。名前は友達が教えてくれました。いつも見ています。勇気をだして、私の気持ちを直接伝えたいです。今日の午後一時に、樫の木公園の時計台の下で待ってます』
「署名にはS.Tって書いてください」
「なんだよ、高松。S.Tって」
「サービスと高松の略ですよ」
「なんで僕が先なんだ」
「じゃ、私が先でもいいですが」
「わかった。構わないよ、これで」

 二人は、ジャンの部屋を訪ねた。
 ジャンはシャワーを浴びていたらしく、バスローブを羽織っていた。
「よう、サービス、高松」
「ジャン……さっさと着替えろ。バスローブはおまえには似合わん」
「同感です」
「じゃあ、ルーザーさんとかだったらいいのか?」
 ジャンがそう言うなり、高松が鼻血を噴いた。
「おまえ……無意識に人の弱点つくよな」
 サービスの言葉にも、ジャンは「なんで?」という顔をした。
「そうそう、おまえにラブレターが届いていたぞ」
「ラブレター?」
「奇特にも、おまえを好きになった奴がいたみたいだぞ」
「え……えぇッ!」
 こういうことに免疫のないジャンは、慌てふためいている。
(作戦成功!)
 高松は鼻血を拭いながら、親指を立てていた。サービスも笑っている。
「一時に待ち合わせだって! どうしたらいいと思う?」
 サービスと高松は同時に言った。
「まずはパンツをはけ!」

 一時。
 高松とサービスは、樫の木公園のレストランにいた。
 ここだと、時計台の様子がよく見えるのだ。
 ここで一時間待ちぼうけを食らわして、後で本当のことを知らせる……というのが趣旨である。
 地味ないたずらだが、襟元を正したり、(しかしネクタイは結べない)そわそわしているジャンを眺めるのは、取り敢えず楽しかった。時計が二時を差そうとした。
(さあ、そろそろネタ晴らしですよ)
 と、ここで、思わぬ展開が!
「ジャン。何やってんだ?おまえ」
 相変わらず、金髪も豪奢なハーレムの登場である。
「なんでハーレムが来るんだ!おまえの差し金か?!」
「知りませんよ!向こうが勝手に来たんです!」
 高松とサービスの二人は、陰で囁いている。
「あ、でも、すぐ帰るでしょうね」
 ところが、ジャンからあらましを聞いたハーレムは、
「へぇ~、それじゃ、その物好きな奴の顔を拝むとするか」
と、二人の希望的観測を打ち砕いた。
「どうするんだ! 真相を知ったら、ハーレムが怒るぞ」
「そうですねぇ……まぁ、いいじゃありませんか。最初は彼も騙そうとしてたんだし」
「立ち直りが早過ぎるぞ、高松」
「とは言っても、無用の怪我は避けたいですから、立ち去るまで待つとしましょうか」
 しかし、一時間経っても二時間経っても、ジャンとハーレムは二人並んで、来るはずのない相手を待っていた。

「おっせーな。おまえの彼女」
「彼女じゃないって。それに、身だしなみを整えたりして、忙しいんだろ」
「すっぽかされたんじゃねぇのか? 三時間は長過ぎだって」
 ハーレムとジャンは、そんな会話を交わしている。

「こんなにジャンと辛抱強く架空の人物を待っているとは、意外とお人好しなんですねぇ。ハーレムは」
 高松が溜息を吐いた。
「ただ単にヒマだったからじゃないのか?」
 サービスが尤もな意見を言う。
「仕方ありませんねぇ。明日になったら、真実をお伝えしましょう」

 翌日――。
 ジャンはいつも通りのほほんとしていたが、一緒に騙されたことを知ったハーレムが憤って高松を追い立てたのは言うまでもない。

見事に騙された二人
 翌日の風景。

後書き
後書きです。
『ガンマガンマ』のホラ話は、『ウソツキクラブ短信』という河合隼雄先生の小説(?)からお知恵を拝借いたしました。
それから……驚いたことに、今でも、「人類は月へ行かなかった」ということを信じている人がいるらしいです。
お話の最初と最後の方がなんだか雰囲気が違うのは、書いた時期がずれたからです。あとの文章の方が、密度が薄いです(泣)

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