あの人はもういない

※死にネタ注意

 シンタローはハーレムの墓の前に佇んでいた。この霧雨の中。
「シンタロー、ここにいたか」
 キンタローが声をかける。シンタローは振り返りもしない。
「さっさと帰ろう。風邪ひくぞ」
「……れむ……叔父さん……」
「ハーレムは天国から見守っている――いや、地獄かな」
「……叔父さん……」
 シンタローは涙を一、二滴零した。
 若くは見えてももういい歳だったから病気とかで死ぬのは覚悟していた。老衰で死ぬにしてはまだ早かったが。でも――まさか、自分をかばって――。
「ハーレム……!」
 ハーレムがシンタローにとって不倶戴天の敵から最愛の人に変わったのはいつだったろうか。タイムスリップした辺りからだったろうか。
(俺はハーレムに恋をしていた)
 それはキンタローも同じだったはず。それなのにどうしてこんなにしっかりしているんだろう。
 シンタローは自分を責めて、責めて責めて、廃人同様になってしまった。
 でも、いいのだ。もうあの人はいない。
 総帥代行はジャンがやってくれる。部下の評判も上々だ。
 ――もう、俺はいらないのかもしれない。
 涙の筋が頬を伝った。
「シンタロー。帰ろう」
 キンタローがシンタローの腕を強く引っ張った。キンタローはいつもシンタローの傍にいた。『お前を殺す』と言いながら傍にいた。
 ――キンタローもハーレムに恋していた訳だが。
「キンタロー、すまん。ハーレム……」
「うん、うん。もういいから――俺の部屋に行こう。な?」
 シンタローは黙って頷いた。
「お菓子も酒もあるから――そうだ。グンマも呼ぼう」
 キンタローはすっかりお気遣いの紳士と化していた。最初現れた頃はあんなに物騒な男だったのに――。今ではグンマとも仲良しだ。彼らの仲を噂している連中も多い。
 けれど、シンタローは彼が自分の同類だとわかる。キンタローもまたハーレムを想っていた。――彼の父、ルーザーのように。
「とんだ年の瀬になってしまったな」
「ああ……」
 シンタローはサクサクと霜柱を踏む。
「シンタロー……ありがとう」
 キンタローの声にシンタローは涙で濡れた目を見開いてキンタローを見つめる。どうして? 皆に迷惑かけているのは自分なのに――。
「お前がハーレムの為に泣いてくれるおかげで俺は落ち込まずにいられる」
 それが、キンタローの台詞だった。
 ――シンタローは苦笑いをする。
「ありがとうを言うのは俺の方だ」
「シンタロー……」
「早く元気になってあいつらを安心させないとな」
 あいつら。ミヤギ、トットリ、アラシヤマ、コージ――共に死線をくぐってきた仲間だ。コタローのことでは随分気を使ってくれた。絶対敵わないと思っていた敵にも果敢に挑んでいった。
 それから、サービス叔父さんにジャンに父親のマジック。愛する弟のコタローの存在も忘れてはいけない。
「シンタロー、喋るようになったな。いいことだ」
 キンタローが微笑む。
「お前は……どうしてそんなに優しくなれたんだ? キンタロー」
「いろんな人と付き合って――いろんな優しさをもらったからかな」
「ふ……」
 俺がお前の24年間を奪ったとしても――か。キンタローは優しいからシンタローを気遣ってシンタローの言って欲しいことを言ってくれるだろう。でも、その優しさに甘えてはいけない。
 キンタローの部屋に着く。
「コートは濡れているから脱げ。何か飲むか? コーヒーか? 紅茶か? ――それとも酒か?」
「――コーヒーを」
「わかった。――グンマを呼んでくる」
 キンタローは内線電話でグンマを呼び出して何事か話している。シンタローはぼうっとしていた。
 ここにハーレムがいれば――彼はもういない。
 うるさくて、口が悪くて、でも、戦っている時の姿は綺麗で――。一時は袂を分かって特戦部隊を追い出したりもしたが、いろいろな意味で特線部隊が――隊長のハーレムが必要なことがわかった。
 ハーレム……。
 若き日の彼に会った時の衝撃。それはずっと薄れないまま今日まで来ている。
「――コーヒーだ」
 キンタローが熱いカップを差し出す。
「ありがとう。キンタロー」
「いや……」
 シンタローはキンタローと同類としての視線を交わす。
「やっほー、シンちゃん。キンちゃん」
「――よぉ」
「あれ? シンちゃん、今日は随分と人間らしいね」
「そんなに俺は変だったか?」
「うん。まるでシンちゃんじゃなくなったみたいだった」
「――お前も何か飲むか? グンマ」
「ありがと、キンちゃん。じゃあねぇ、ジャム入りの紅茶!」
「わかった」
 グンマにも心配かけたんだろうな。シンタローの口元が歪む。
 シンタローはブラックコーヒーをふうふう冷ましながら飲んだ。――旨い。五臓六腑に染み渡る。
「シンちゃん。今日は少し元気になってきたみたいね」
「そ……そうか?」
「シンタローは俺達の分までハーレム叔父貴を悼んでたんだ。死んだハーレム叔父貴には何もできないが、シンタローの面倒を見てやることはできる」
「シンちゃん。今週の土曜日、パプワ島に行ってみない?」
「パプワ島か……」
 そこが全ての始まりだった。赤の番人のリキッドもいるだろう。リキッドはハーレムの死を知った時どんなリアクションを取っただろうか――。
 泣いただろうな。やはり泣いただろう。
 ハーレムがリキッドを好きだったことは知っている。――ちょっとシンタローはムッとする。いろんな意味であいつは仇だ。
 でも、自分もリキッドは嫌いじゃないから仕様がない。
「パプワ君達に会ったらさ、悲しみも少しは癒えると思うよ」
「そうだな……」
「シンちゃん……これは僕のワガママかもしれないけど、生気のないシンちゃんをこれ以上見たくないんだよ」
「グンマ……シンタローは俺達の分までハーレムを悼んでいるんだ」
「キンちゃん……さっきもこの間もそう言ってたね。――わかってはいるけどもさ。シンちゃんもキンちゃんもハーレム叔父様が好きだったものね」
「わかるか……」
「長い付き合いだもん。高松もしょげてたよ。『これで喧嘩友達がいなくなってしまいましたね』って」
 高松――。毒舌で性格の悪いマッドサイエンティストの高松も友の死を悲しむ心は持っていたんだ。
「親父は?」
「ん……やっぱり前より覇気がなくなったみたい。……でも、シンちゃん程じゃないよ」
「俺は……そんなに落ち込んでたか?」
「うん。でも――ハーレム叔父様はシンちゃんを庇って死んだんだから……自責の念に駆られてもムリないよね」
 それだけじゃない。俺は、ハーレムを――愛していた。
 いや、他の家族だって、特戦部隊のヤツらだってハーレムを愛していた。皆、彼のことを愛さずにはいられない。
 シンタローはコーヒーを飲み干した。
「サンキュー、キンタロー……おかげで人心地ついた」
「それは良かった。――ゆっくり元気になれよ。眠くなったら寝室で寝ていいからな」
 今のシンタローにはキンタローの心遣いが有り難かった。急激な成長を遂げたのは父ルーザーの存在もあるかもしれない。ある意味彼の恋敵だったのだから――。
 シンタローにはルーザーのことはわからないが、キンタローはルーザーよりいい男になったのではないかと思う。
 キンタローもグンマも暖かい瞳でこちらを見ている。
 けれどあの人――ハーレムはもういない。

後書き
『ハーレムの最期』の続きです。ハーレムが死んでからのシンタロー達の話です。
シンタローがハーレムを愛していたというのは私の妄想ですが、原作のシンちゃんだってきっとハーレムのことは嫌いでなかったと思います。
ただ、原作ではハレリキ要素が強過ぎて……(笑)。
ハーレムが死ぬなんて許せない!という方――これはあくまで私の捏造ですので。
2016.1.18

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