士官学校物語・秋 夢の中から声が聞こえる。どこかで聞いたことのあるような――。 それは、遠くにも感じたし、意外に近くにも感じた。 ああ、落ちていく、落ちていく……。 「高松、大丈夫か?」 瞼を開くと、ジャンとルーザーが顔を覗き込んでいた。 「あ、目を覚ました」 「ルーザー様……ずっといてくださったんですか?」 「ああ。ジャン君にも感謝するんだよ。連絡したら、とるものもとりあえず、すぐにやってきてくれたんだから。僕も、君の体調の悪さに気付かなくて、すまなかったね」 「いいんです。ルーザー様が謝る筋合いのものではありません。かえって、ご迷惑をおかけしてしまって」 「水臭いね。具合いが悪いときは、ちゃんと言いなさい」 そう言って、ルーザーは、高松の額を撫でた。冷たい感触があった。冷やしたタオルの布越しに、尊敬すべき人の手を感じる。 高松は、幸せだった。 けれど、『ルーザー様の足を引っ張ってしまった』それが、唯一の無念であった。 「ちゃんとお休みなさいね。高松くん。ジャンくんもありがとう」 「――……俺、もうちょっとここにいてもいいかな」 ジャンがルーザーに訊いた。 「どうぞ。ただし、無理はさせないようにね」 「わかりました」 静かにドアが閉まった。 「二人きりだね」 「アンタと二人きりでも、ちっとも面白くありませんよ」 「うんうん。それだけ憎まれ口を叩ければ、大丈夫だ」 ジャンは、満足そうに笑った。 「サービスは、後から来るってさ」 「そうですか……」 頭がぼうっとして来る。体が熱い。 「……ジャン、ありがとうございます」 殆どうわ言のように、高松は言った。 「礼なんかいいから、静かに寝てろよ」 「――……私、ルーザー様の足を引っ張ってしまいました。体調管理ができないなんて……最悪です」 思えば、ヴィヌロンに行く少し前の辺りから、本調子ではなかった。それは、ただの体調不良、もしくは風邪、と甘く見ていたのがよくなかった。風邪も、こじらせると怖いのだ。 田葛も、今頃同じような具合悪さを体験しているのであろうか――あの先生も、頑張って無理する人だから。 「高松。ルーザーさんは、ずっとおまえに付き添ってたよ」 「あんな忙しいのに……時間を取らせて申し訳ないですね……」 「謝るんだったら、ルーザーさんに謝りなよ。さ、俺、手を繋いでてやるから寝てな。その方が早く良くなる」 ジャンの手は、暖かかった。 「なんで、手を繋ぐんですか?」 「長老から教わったやり方だよ。こうやって、気を送り込むんだってさ」 「アンタにも風邪がうつってしまいますよ」 「いいんだ。俺は、丈夫だから」 「……本当に、丈夫だけが取り柄ですからねぇ」 「失礼な。他にもまだまだ取り柄があるぞ」 高松は、にやっと笑った。だいぶ、心が楽になって来た。 「笑うほどのゆとりが出てきたか」 「まぁね。アンタと話していると、気楽でいいですよ」 「俺も、高松と一緒にいると、楽しいぜ」 「それは、どうも」 「俺、一晩中ここにいて、祈ってるから、すぐ元気になるよ。いろいろ、祈っててやるから――」 「いろいろって、何ですか?」 「そうだなぁ。まず、風邪が治ることだろ? それから、高松が将来、偉い科学者になって、すごい発明ができるようにとか。俺、いつも、そんなことを願っているよ」 「馬鹿ですねぇ、あなたは。祈りで発明や新しい発見ができたら、苦労しませんよ」 「そうかなぁ」 「そうですよ」 「でも、俺、祈りは必ずきかれると思うんだ。『大いなる意思』が、人の願いを叶えるんだって」 「『求めよ、さらば与えられん』、ですか」 「まぁ、そんな感じ」 「気休めですねぇ」 「気休めでもいいよ。俺、それは本当のことだと信じているから。ほら、言うだろ。『いわしの頭も信心から』って」 「『信じる者は救われる』ですね。私は無神論者なんですが」 「いいよ。いろんな考え方があるんだからさ」 「……私、眠くなってきました……」 「ゆっくり休めよ」 「……はい。ああ、そうそう。エレーヌと言う人に会いました……」 「誰? エレーヌって?」 「後で。起きたら話しますよ。私の考えでは、あの人こそが……」 そして、高松はすぅっと眠りに入って行った。うららかな、春の陽だまりにいるような夢を見た。体はだるかったが、心地よかった。 後書き 『士官学校物語・秋』いかがでしたでしょう! 高松視点で書いた話ですが、高松クンには、早々に退場してもらうことにしました。好きなんですけどねぇ、高松。サイト巡りやら、自分で書いていくやらのおかげで、ますます好きになったのですが。 ジャンの祈りのこととか、かなり唐突だったと思いますけど、下書きにそんな話があったような気がしたので((どこに書いたか忘れてしまったんですけどねぇ、めんどくさいから探す気はないし・笑)。 後書きページも、今回は独立のページは作りません。書くことあまりないですから。 それにしても、高松の誕生日前に書けて良かった~。 後は……『士官学校物語・冬』をお楽しみに。裏士官もね。 2008.3.4 |