士官学校物語・秋
4
「――高松、高松」
 夢の中から声が聞こえる。どこかで聞いたことのあるような――。
 それは、遠くにも感じたし、意外に近くにも感じた。
 ああ、落ちていく、落ちていく……。
「高松、大丈夫か?」
 瞼を開くと、ジャンとルーザーが顔を覗き込んでいた。
「あ、目を覚ました」
「ルーザー様……ずっといてくださったんですか?」
「ああ。ジャン君にも感謝するんだよ。連絡したら、とるものもとりあえず、すぐにやってきてくれたんだから。僕も、君の体調の悪さに気付かなくて、すまなかったね」
「いいんです。ルーザー様が謝る筋合いのものではありません。かえって、ご迷惑をおかけしてしまって」
「水臭いね。具合いが悪いときは、ちゃんと言いなさい」
 そう言って、ルーザーは、高松の額を撫でた。冷たい感触があった。冷やしたタオルの布越しに、尊敬すべき人の手を感じる。
 高松は、幸せだった。
 けれど、『ルーザー様の足を引っ張ってしまった』それが、唯一の無念であった。
「ちゃんとお休みなさいね。高松くん。ジャンくんもありがとう」
「――……俺、もうちょっとここにいてもいいかな」
 ジャンがルーザーに訊いた。
「どうぞ。ただし、無理はさせないようにね」
「わかりました」
 静かにドアが閉まった。
「二人きりだね」
「アンタと二人きりでも、ちっとも面白くありませんよ」
「うんうん。それだけ憎まれ口を叩ければ、大丈夫だ」
 ジャンは、満足そうに笑った。
「サービスは、後から来るってさ」
「そうですか……」
 頭がぼうっとして来る。体が熱い。
「……ジャン、ありがとうございます」
 殆どうわ言のように、高松は言った。
「礼なんかいいから、静かに寝てろよ」
「――……私、ルーザー様の足を引っ張ってしまいました。体調管理ができないなんて……最悪です」
 思えば、ヴィヌロンに行く少し前の辺りから、本調子ではなかった。それは、ただの体調不良、もしくは風邪、と甘く見ていたのがよくなかった。風邪も、こじらせると怖いのだ。
 田葛も、今頃同じような具合悪さを体験しているのであろうか――あの先生も、頑張って無理する人だから。
「高松。ルーザーさんは、ずっとおまえに付き添ってたよ」
「あんな忙しいのに……時間を取らせて申し訳ないですね……」
「謝るんだったら、ルーザーさんに謝りなよ。さ、俺、手を繋いでてやるから寝てな。その方が早く良くなる」
 ジャンの手は、暖かかった。
「なんで、手を繋ぐんですか?」
「長老から教わったやり方だよ。こうやって、気を送り込むんだってさ」
「アンタにも風邪がうつってしまいますよ」
「いいんだ。俺は、丈夫だから」
「……本当に、丈夫だけが取り柄ですからねぇ」
「失礼な。他にもまだまだ取り柄があるぞ」
 高松は、にやっと笑った。だいぶ、心が楽になって来た。
「笑うほどのゆとりが出てきたか」
「まぁね。アンタと話していると、気楽でいいですよ」
「俺も、高松と一緒にいると、楽しいぜ」
「それは、どうも」
「俺、一晩中ここにいて、祈ってるから、すぐ元気になるよ。いろいろ、祈っててやるから――」
「いろいろって、何ですか?」
「そうだなぁ。まず、風邪が治ることだろ? それから、高松が将来、偉い科学者になって、すごい発明ができるようにとか。俺、いつも、そんなことを願っているよ」
「馬鹿ですねぇ、あなたは。祈りで発明や新しい発見ができたら、苦労しませんよ」
「そうかなぁ」
「そうですよ」
「でも、俺、祈りは必ずきかれると思うんだ。『大いなる意思』が、人の願いを叶えるんだって」
「『求めよ、さらば与えられん』、ですか」
「まぁ、そんな感じ」
「気休めですねぇ」
「気休めでもいいよ。俺、それは本当のことだと信じているから。ほら、言うだろ。『いわしの頭も信心から』って」
「『信じる者は救われる』ですね。私は無神論者なんですが」
「いいよ。いろんな考え方があるんだからさ」
「……私、眠くなってきました……」
「ゆっくり休めよ」
「……はい。ああ、そうそう。エレーヌと言う人に会いました……」
「誰? エレーヌって?」
「後で。起きたら話しますよ。私の考えでは、あの人こそが……」
 そして、高松はすぅっと眠りに入って行った。うららかな、春の陽だまりにいるような夢を見た。体はだるかったが、心地よかった。

後書き
『士官学校物語・秋』いかがでしたでしょう!
高松視点で書いた話ですが、高松クンには、早々に退場してもらうことにしました。好きなんですけどねぇ、高松。サイト巡りやら、自分で書いていくやらのおかげで、ますます好きになったのですが。
ジャンの祈りのこととか、かなり唐突だったと思いますけど、下書きにそんな話があったような気がしたので((どこに書いたか忘れてしまったんですけどねぇ、めんどくさいから探す気はないし・笑)。
後書きページも、今回は独立のページは作りません。書くことあまりないですから。
それにしても、高松の誕生日前に書けて良かった~。
後は……『士官学校物語・冬』をお楽しみに。裏士官もね。

2008.3.4

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