城下町の…休日?!

 昔々、とあるお金持ちの国に、Gというお姫様が住んでいました。このG姫、確かに気だてはいいのですが、器量の方はいまいちでした。
 といっても、不細工というわけではないのです。ただ身長が2メートル近くもあって、男らしく顔がごつくて、筋骨隆々としているだけなのです。
 姫が淡いピンクのひらひらしたドレスを身に纏っている姿はいろんな意味で圧巻でした。城の者は慣れているとはいえ、それ以外の人間が見たら、さぞや腰を抜かしたことでしょう。
 そんな姫であったから、今までラブロマンスとも無縁でした。
 でも……姫は信じていたのです。いつの日か運命の人が、自分の目の前に現れると。
 姫は城の外に目を向けました。
 城下町はこの国の首都になっていて、人と活気に溢れ、とても賑やかです。素敵な男性だって、この中にきっといるの違いないのです。
 姫は、お忍びで町に出掛けることにしました。

 あくる朝、姫は粗末な下男の服――待女の服にはサイズに合うのがなかったのだ――に着替え、さっそく城下町――ええい、名前なんかどうでもいい――にやってきました。服装が逞しい体に似合っているため、誰もこの国のお姫様と気がつく者はいませんでした。
 姫……いや、Gは、期待に胸をときめかせながら、大通りの歩道を歩いていました。
 と、そこへ――向こうから町で評判のならず者の集団がやってきました。
 Gはそんなこと知りもしなかったが、しかし、彼らが決してお近づきになりたくない人たちであろうことは、雰囲気で察せられます。彼らは因縁をつける相手を鷹の様な目つきで探しています。
(まあ、あの人たち怖いわ。どうしましょう)
 そうしてまじまじと見つめているのがよくなかったのでしょう。不良共がこっちへ来たのです。
「おい、兄ちゃん。俺達にガン飛ばすなんざ、ふてぇ野郎だな。ああん?――ちょっとこっちへ来い!」
 Gはなす術もなく、ただおろおろするばかり。
「その辺でやめときな。てめぇら」
 程良く低く、張りのある声が辺りに響く。
(素敵な声……誰?)
「その声は……ハーレムだな!やい、どこにいやがる」
 不良一味の一人が声を上げた。
「大きな声出すんじゃねぇよ。――てめぇらのすぐ後ろさ。いくらなんでも一対五は卑怯じゃねぇか」
「るせぇ!先にガンつけてきたのは、こいつの方だぞ」
「それぐらいでいちいち喧嘩売ってちゃきりねぇだろうが。それともその喧嘩、俺が買ってやろうか」
 ならず者共は顔を見合わせ、こそこそと退散した。
「ちくしょう!覚えてやがれ!」
 やれやれ、捨て台詞だけは威勢のいいものです。
「ったく、なんなんだか――」
「あ……あの、ありがとうございます。助けて頂いて……」
「ん?ああ、気にすんな。奴ら一人じゃ何もできないんだ」
 Gは恩人の男の姿を改めて見直した。
 身長はGより少し足りないくらいだが、均整の取れた体格で、立ち姿は惚れ惚れするほど凛々しく、きりりと吊り上がった眉と、光の加減で時折きらりと光るサファイアの瞳が印象的である。無造作に振り分けられた黄金の長い髪も、Gの目には快く映った。全体の粗野な雰囲気が、かえって抜き身のナイフの様な魅力を醸し出している。
(ああ、これこそ……私の求めていた運命の人だわ)
 Gは胸の高鳴りを感じたが、表向きは平静なままである。もともと感情が表に現れない質なのだ。
「いい男……」
 Gは思わず呟いた。
「ん?俺のことか?なんだおまえ―――わかってんじゃねぇか」
 ハーレムがGを軽く小突く。
「あんた、名前は?」
「私の名は……G……」
「そっか。よろしくな。G」
 彼の笑顔が太陽に映える。
 その時顔には出ていなかったが、Gは興奮のあまり、倒れる寸前であった。

 ハーレムもGのことは気に入ったようです。
「この町は初めてか?」
「ええ……まあ」
「じゃ、俺が案内してやる。来いよ」
 Gは彼に、いろいろな所を案内してもらいました。
 大きな噴水と綺麗な芝生がある公園。有名な神殿。色とりどりの花が咲き乱れる花畑。たくさんの船が停泊する港。様々な物を売ってる露店街。服飾店には綺麗な、または可愛らしいデザインのドレスがたくさんあって、Gはお金を持ってきていないことを悔やみました。
 何もかもが物珍しく素晴らしいものでした。隣にハーレムがいるので特に。
 図書館の近くで、ハーレムは知り合いに会ったようだった。彼はその人に向かって挨拶したのだから。
 その人は目元涼しく、端正な顔立ちの持ち主で、真っ直ぐで透き通るようなプラチナブロンドの長い髪を、後ろで束ねている。
(まあ、あの人、美人だわ。ハーレム様の恋人かしら。どうしましょう。だとしたら、勝ち目はないわ)
「知り合いですか?」
 Gは、おそるおそる訊ねた。
「ああ。――弟のサービスだ」
「弟?」
 Gは安堵の吐息をついた。
(ハーレム様の弟か。云われてみれば、似ている所がなくもないわ)
 サービスはGにちらりと一瞥をくれる。
「ハーレム。町のならず者とつるむのは勝手だが、面倒だけは起こすなよ」
「こいつは違うんだ。サービス。むしろ、からまれた方さ」
(ああ、ハーレム様が庇って下さっている…)
「そうかい。それはすまなかった」
 サービスはGに云った。
「そんなにこいつに関わらない方がいいですよ。こいつも不良の仲間なんだから」
「あんな奴らと一緒にするな!」
(そうよ!)
 Gは憤りながらハーレムに同意した。サービスが去った後も、Gの感情はしばらくおさまらなかった。
「あの人、いつもああなんですか」
「そ。口うるさいのは兄貴譲りなんだ」
「そうじゃなくて、ずいぶんひどいこと云ってたみたいだけど」
「ああ。…いつもはあれほどじゃないんだが、あいつ今日は機嫌悪いみてぇだな。まあ、どっちにしろ、あいつは俺が好き勝手やってんのが我慢ならないんだと」
(ああ。この方は度量も広くていらっしゃる。さっきのことも怒っていないなんて。ますます惚れ直しそうだわ)
「ハーレム……様には、お兄様もおありで?」
「なんだよ。ハーレム様って……そうだよ。兄貴は二人いる。結構有名だから、そのうちお目にかけることもあるかもな。―――それから俺のことは様づけで呼ぶな。ただのハーレムだ。いいな」
 Gはこくんと頷いた。いつか、ハーレムの口から直接二人の義兄さんの紹介をしてくれる日が、来るであろうことを期待して。

 さて、一日も終わりに近付いたが、お城では、誰もG姫の不在に気が付く者はいませんでした。いや、何人かはいたかもしれないが、彼らとても、真剣に姫を探す様子はありません。姫には、誰かれ構わず心配される要素というものが、欠けていたのでしょう。まあ、無理もないかもしれませんが。
 それはともかく、まさに今、G達の身に大変なことが起こっていました。朝の愚連隊がたくさんの仲間を引き連れて復讐に来たのです。全員それぞれ武器を持っています。
「ものものしいな。何の騒ぎだよ」
 煩わしそうにハーレムは云った。
「ここで会ったが百年目だ。ハーレム――今度こそおまえを殺ってやる」
「今までさんざんでかい面して歩いてきたのも、今日で最後だぜ」
「こてんぱんに叩きのめしてやる」
「いーけどよ。てめぇらそんなに武装してなきゃ、俺様一人倒せないのかよ。情けねぇやっちゃ」
「なにっ?!」
 Gは心の中で祈った。
(ああ、神様……)
 ハーレムはGに耳打ちした。
「おい、G。こんな奴らまともに相手する必要はねぇ。向こうの二人をやっつけたら、あそこの階段から駆け下りる。いいな」
「はい!」
「行くぞ。――全速力で逃げろ!」
 そう云うとハーレムは駆け出した。Gも急いで後を追う。
「はっ!」
 掛け声と共にハーレムは回し蹴りを繰り出し、瞬く間に二人を倒した。
「たたんじまえー!」
 たくさんの敵が階段に押し寄せて来る。
 彼らは階段を降り、古い建物や潰れた工場が並ぶ路道に出た。
 Gは必死で逃げながらも、胸が高鳴るのを感じた。
 ひとつは走っているための動悸。もうひとつは――ずっと前から夢見てきたシーンが実現されたせい。
(これが本や映画で見たことのある、恋人との逃避行ね)
 Gは状況に構わずうっとりとしている。
(ス・テ・キ……)
「市街へ抜けるぞ。そこまで来れば、奴ら自由に動けまい。――あっ」
 ハーレムは足先に小石を突っかけ、バランスを崩して転倒してしまった。チャンスとばかりに棍棒を持った男が、彼に襲いかかる。
(危ない!)
「ダメーーーーッ!」
 Gは可憐に叫んで(註:本人はそのつもり)、男を思いっきり突き飛ばした。あんまり勢いが強かったため、後ろに詰めかけていた奴らまでもが、ドミノ倒しのように次々と倒れてしまった。
「サンキュー、G」
 それを皮切りにGは、目を瞠るような活躍を始めた。襲い来る敵を投げ飛ばし蹴り倒し、殴り倒す。起き上がったハーレムも加わって、結果的に敵の大勢を打ち倒してしまった。相手側は総崩れとなって、一目散に逃げてしまった。
「すごいな。なかなか強いじゃないか、おまえ」
 愛しの彼の言葉に、Gはもごもごと唇を動かした。
(そんな……愛する人のためなら、乙女は戦士にだってなれるのよ)
 普通はならないと思います。
「見直したよ。今まで見かけ倒しだとばかり思ってたんだ」
 ハーレムはそう云って、笑った。さっきの余韻で頬は紅潮し、乱れた髪がはらりとかかり、整った顔に色を添える。
 Gのドキドキは最高潮であった。
(云うのよ。G。ここで云わなきゃ。恥ずかしがってちゃ道は開かないのよっ!勇気を振り絞って!さあ!)
 意気込んで、Gは口を開いた。
「あ……明日も……またここで会って下さいませんか!」
 ハーレムは、きょとんとしてGの顔を伺う。何故か相手は力んでいるらしいのだが、『何故』の理由は伝わって来なかったからだ。
「ああ――いいぜ」
 彼は何の気なしにOKした。
 Gの耳に、ウェディングベルが聞こえたような気がした。
(会って下さるって―――会って下さるって明日も?!  きゃ~っ! もう、死んでもいいッ!)
 Gはすっかり有頂天である。
 ハーレムは友達として、Gを認めたのであるが、Gは例によって、そうは取らなかったようです。
(明日は、とびっきりのオシャレをして行かなくっちゃ)

 ……やれやれ、ハーレムは開けてはならぬ扉を、知らずに開け放ってしまったようです。
 さて翌日、ドレス姿で出ていったG姫が周りにどんな騒ぎをもたらすかは皆様のご想像に委ねるとして、今回はこれにて、おそまつ!
 「あ、流れ星。お願いごとしなくっちゃ☆えっと……私とハーレム様が幸せになれますようになれますようにますように……」

制作日 1998.2.26
リライト 1999.1.12

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