アーサーの溜息

 チチチ……チュンチュン……。
 ――雀の鳴き声が聴こえる。もう朝なのか。
 アーサーは夢うつつにそう思った。だが――
「そうだ、アル! アルは?!」
「……ん。おはようなんだぞ、アーサー」
 ベッドには昨日よりも顔色が良くなったアルフレッドが横たわっていた。
「――と、眼鏡眼鏡。……待たせたな、アーサー! 君のヒーロー完全復活なんだぞ!」
「誰がヒーローだよ、誰が……」
「俺に決まってるんだぞ! そんなこともわからないのかい? だから君は馬鹿なんだぞ!」
 そんなダイレクトな発言を求めてはいない。馬鹿はおまえだ! ――アーサーは思った。
「いいかい? 俺はアイスとハンバーガーがあればいつでも復活できるんだぞ!」
「はいはい」
 面倒くさくなったアーサーがおざなりにあいづちを打った。
「――それと、君の愛があれば完璧なんだぞ」
 アルフレッドはそっとアーサーに耳打ちした。
 アーサーはかぁっと体中が熱くなってくるのを感じた。
「わっ、なっ、この……馬鹿アルッ! 何てこと言うんだ!」
「ふー、どうやら君のツンデレはなかなか治らないようだね。でも、ツンな君も可愛くて好きだよ」
「可愛いとかって、おまえ、そういう……目上の者に対してだな……」
「いいじゃん。可愛いなら可愛いで。人の褒め言葉は素直に受け取っとくべきだよ」
「いや……あの……」
「君はどうなんだい? 俺のこと、好きかい?!」
「う……お……や……す……好きに決まってるだろ! 馬鹿アルっ!」
「良かった。じゃあ、俺達、両思いだね」
 とっくに両思いになってるじゃねぇか!
 アーサーは心の中で反駁した。
 お医者様でも草津の湯でも惚れた病は治りゃせぬ。確か菊が教えてくれたたとえにそんな言葉があった。
 ――アーサーは惚れた病の重病患者だ。
「アーサー、ぼーっとすんなよー」
「……悪い。さぁ、朝飯行こうぜ。元気になったんだからよ」
「その前に」
 アルフレッドはアーサーの腕を引っ張ってベッドに押し倒した。
「ば……馬鹿野郎ッ! アル、何をする!」
「アーサーも元気になったろ? 独立記念日はもうとっくに終わったんだから!」
「そりゃそうだけど……あっ!」
 アーサーの体がびくんとはねる。――アルフレッドが難しい顔をした。
「……どうした? アル」
「――腹減ったんだぞ」
「……馬鹿」
 尚、ベッドの上の二人を見て昨日の医師が逃げて行ったことを閑話として付記しておく。

 アルフレッドはかっかっとどんぶり飯をかきこんでいる。
「おまえなー。もっとゆっくり食えよ」
 アーサーが呆れ顔で言った。
「大丈夫。和食だからヘルシーなんだぞ」
「そういう問題じゃねぇよ……」
 アーサーは溜息を吐いた。見るだけで腹いっぱいになってくる。
「アーサー。もういらないんだったらくれないか?」
「それ以上食ったら太るぞ。ダイエットしてるんじゃなかったのか?」
「う……!」
 痛いところを突かれたらしく、アルフレッドは一瞬口を噤む。が、
「明日からにするんだぞ」
 そう言って食事を再開する。
 ――やれやれ。
 朝飯をアルに取られなくて良かった。アーサーはほっとした。そしてご飯を一口、口に入れる。
「少食だな。アーサーは」
「別におまえみたいに大食漢じゃないだけだよ」
 アーサーは米粒をゆっくり噛み締めて味わう。割と美味しい。
 話に聞けば、わざわざ日本の名店の料理人に出張で来てもらっていると言う。無駄金使うなぁ、と思ったら、アルフレッドに頼まれた菊のアイディアらしい。
 なるほど、道理で旨いわけだ。
「もうちょっと味わって食えよ。せっかく旨い飯を食ってんのに、胸が焼けそうだ」
「君みたいな味音痴にこのご飯の美味しさがわかるのかい?」
「う……」
 今度はアーサーが絶句する番だった。
 アーサーは味音痴だ。どこがどうとは言えないが、とにかくそうなのだ。彼の国の料理は不味いと言われている。日本でもある男性が、
「俺はイギリス料理は舌に合わないんだ」
 とこぼしていた――と噂に聞く。
 くそう! そこまで言われるほどひどくはないぞ!――と思いたいのだが、イギリス料理を食べた菊も、フランシスも、アルでさえも微妙な顔をする。
「ごちそうさま! さぁ、遊びに行くんだぞ!」
 どうやらさっきのことは頭になくなったらしい。
(別にどうでもいいんだけどさ――)
 それでも少し残念に思ったアーサーがまた溜息を吐くと、
「アーサー、夜になったらいっぱい可愛がってあげる」
 そうアルフレッドはアーサーの耳元で囁いた。耳からの刺激のせいか体中が痒くなってしまった。
 馬鹿アル……。
 体が疼く。こういうのを蛇の生殺しというのか、と思っていた。

 独立記念日に沸いた街はまだ賑やかなままだ。
「平気かい? アーサー」
「おう……。うえ……」
 アーサーは口元を押さえる。
「何か飲むかい?」
「コーラだったらいらねぇ」
「じゃあ、紅茶にするよ」
「わりぃな」
「どこか店に入ろうよ」
 二人は近くの喫茶店に入った。アルフレッドはアーサーと手を繋いでいた。紅茶が運ばれてくる。アーサーは一気に飲んだ。アーサーの体内には紅茶が流れている。
「落ち着いたかい?」
「ああ……まぁな」
「……ねぇ、アーサー。俺の為にイギリスから飛んで来たんだろう? ――悪かったね」
「悪かねぇさ。俺は――」
 おまえを愛しているから。
「おまえがいなくなったら喧嘩相手が減るからな」
 ――本心を隠してアーサーは言った。
「素直じゃないねぇ、君は。まぁもっとも、そんな君が俺は好きになったんだぞ」
 そして――多分フランシスも。
 アルフレッドはアーサーの手の甲を取ってキスを落とした。
「こんなところで……馬鹿アル」
「――我慢できない。もうどこかのホテルに向かうかい?」
「し……仕方ねぇから付き合ってやる」
「……君はどこまでも偉そうなんだぞ。でも、そんな君も嫌いじゃないんだぞ。俺の――イギリス」
 アルフレッドはアーサーを彼の国名で呼んだ。そんな風に呼ばれちゃ、抵抗もできねぇじゃねぇか。
 アーサーは今日で何度目かになる溜息を吐く。
 その後、彼らは腕を組んで喫茶店を出た。

 ――次の日の朝、すっかり満足したアーサーは自分の国へと帰って行った。
「また来るんだぞ。アーサー」
 アーサーの上司からお土産もたんともらったアルフレッドは、空港でアーサーの乗った機を眺めていた。アルフレッドはそっと呟くと、眼鏡をずらして涙を指で拭った。

後書き
『アルフレッドの不調』の続きです。
アーサーも大変だなぁ……。
でも、ラブラブで良かったね。終わり良ければ全て良し!
風魔の杏里さんのカキコがなければこの話はできませんでした。ありがとうございます。
2013.7.11


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