アルフレッドの不調 アルフレッド・ジョーンズは何だか体にだるさを覚えていた。 (なんだろう……風邪でもひいたかな……) でも、ハンバーガーを頭に乗せて寝たら治るはず……。 「どうしました? アルフレッド様」 お付きの秘書が訊く。 「何でもないんだぞ! 何でも!」 「けれど、お顔の色がお悪いようですが……」 今は独立記念日の前夜祭だ。寝込むわけにはいかない。 そして――このイベントは結構楽しいのだ。でなかったらとっくに部屋へ引き籠っている。 お祭り騒ぎのアルフレッドは今、席を外したくないのであった。 (明日はアーサーが来るかな……) 少し持ち直したアルフレッドは立ち上がった。 「アルフレッド! 花火だぞ!」 知り合いの職人さんが言う。 「わお! 花火だって?! わーい! 花火だ! はな……!」 はしゃいで立ち上がり、走り出そうとしたアルフレッドは、何もないところでつんのめった。彼は盛大にコケてしまった。 あれ……? 起き上がれないや……。 怒号と悲鳴と救急車の音を遠のく意識の中で聞いた……。 かっかっと軍靴の音がする。救急病院の廊下でのことだ。 アーサー・カークランドは吐血をしながらアルフレッドの不調の知らせを聞いた。 (あの馬鹿のことだ。おおかた食べ過ぎでお腹壊したりでもしたに違いない) 放っておこうかと思った。けれども、体が勝手にアメリカの方角へと引き寄せられていった。 腐れ縁……とでもいうのだろうか。しかし、アーサーは自分でも認めたくなかったが、確かにアルフレッドが心配だったのだ。 アーサーはアルフレッドの元・兄で現在は――恋人。 放っておけるはずがない。アーサーはいつだってアルフレッドのことを気にかけていたのだから。 「おう! 馬鹿アルフレッド、来てやった……ごふっごふっ!」 「アーサー!」 アルフレッドは伊達眼鏡の奥の目を一瞬輝かせた。――が、すぐに顔をしかめた。 「人の病室で吐血しないでくれないか……」 「ああ、わりわり。お前の独立記念日が近付くとどうしてもな。アルフレッドは何で倒れたんだ? ハンバーガー一個で復活するような男が」 「俺にもよくわからないんだぞ」 「開き直るな」 「まぁ……数年前から時々体が重かったりしたことはあったんだけどね……」 「大丈夫なのか?! ちゃんと診てもらったのかよ、おまえ!」 アーサーはアルフレッドに歩み寄ってガッと彼の肩に手をかけた。 「大丈夫。君と違って俺は強いから」 揺るがないその瞳。 だが、アメリカがいくら超大国だとは言っても、もしかしたら滅んでしまうかもしれないこと、なきにしもあらずなのだ。 (――俺より先に、死ぬなよ) アーサーは心の中でアルフレッドに語りかけた。 「せっかく来てもらったのに――これじゃいいこともできないね」 「なっ……!」 アーサーの体がかっと火照った。 「今はそれどころじゃないだろ」 「うん……そうだね」 やはりアルフレッドは様子がおかしい。いつもだったらここでまた一押しするところだ。 本当に調子がおかしいのだろう。 「アーサー……」 アルフレッドは体を横たえるとすうっと寝てしまった。 アーサーが優しい兄としての目で眠ってしまったアルフレッドを見る。そして、相手の眼鏡を外してやった。眼鏡を外したアーサーはいつもより幼く見えた。 思えば、21世紀に入ってからアメリカでもいろいろあった。イギリスもそうだったのだが。 さすがのアルフレッドも疲弊していたのだろう。この子供みたいな無邪気な男が、次から次へと起こる問題に心を痛めないわけがない。 ――優しい、男なのだから。 アーサーはぎりっと唇を噛んだ。 (くそっ! アルの上司のヤツら、今すぐアルの様子を見に来いってんだ!) アルフレッドもアーサーも、『国』としての化身である。国そのものであると言ってもよい。アルフレッドはアメリカ自身で、アーサーはイギリスだ。 超大国も大変なものだな。 アーサーはアルフレッドの頭を撫でた。性のいい髪が指に心地良い。そうしていると、昔の、アルフレッドの兄だった頃のような気持ちになる。 「よくがんばったな。アルフレッド……」 「ん……ん……」 いつもだったら体調を崩しているのは俺のはずなんだがな――アーサーは心の中でひとりごちた。 もう少し――こいつのことも考えてやりゃ良かったな。 「あの――アルフレッド様は……」 医師がおずおずと様子を見に入って来る。 「おう。山盛りのハンバーガーとバケツアイス持ってこい」 「は……でも……」 「急げ!」 「はいぃっ!」 医師は病室を飛び出て行った。元ヤンだったアーサーの迫力に押されたのかもしれない。 しかし、アルフレッドはこんなに腫れものに触るような扱いを受けていたのかと少々驚く。思えば、アルフレッドはアメリカのVIPなのだ。それでも、さっきの医師は些かしっこしがなさ過ぎると思うのだが。 「アル、この馬鹿! 人並に無理してんじゃねぇよ!」 アルフレッドは心労で倒れたと秘書から聞いている。アーサーは怒りと親しみを込めて相手の頭をぽかりと殴った。 「無理……すんなよ。お願いだから」 ずっと兄弟のままでよかったのだ――アーサーにしてみれば。 アーサーの手を振りほどいたのはアルフレッドの方だった。一個の国として認めてもらいたかったのだろう。――そして、一人の男として。 その対象は多分、アーサー・カークランド。 「馬鹿……」 俺はずっと――お前が好きだったよ。馬鹿アル。 ずっと守ってやろうって、心に決めたのに。若僧のくせに無茶しやがって。 アルフレッドがアーサーに恋をしたように、アーサーもまたアルフレッドに恋をしていた。おそらく、生涯で本気の恋を。 「かっ……買ってきました!」 医師や看護婦がたくさんのハンバーガーとバケツアイスを持って来た。 「おう……そこに置いとけ」 アーサーがサイドテーブルを指差した。バケツアイスは冷蔵庫に片付けられる。 医師達が出て行って、アーサーはまたアルフレッドと二人きりになった。 「……まぁ、何もしねぇよりはましだろ」 そう言って仰向けに寝ているアルフレッドにハンバーガーを一個乗せる。 「ん……アーサー」 声はさっきよりもしっかりしていた。ただのおまじないのつもりだったのに、ハンバーガーは霊験あらたかである。というより―― (なんつー単純な構造をしてるんだ。こいつの頭は) 元兄貴分としても些か呆れてしまう。 「いてくれたんだね。アーサー」 「当たり前だろ。お前だって、俺が具合悪かったら傍にいるだろ?」 「――うん。あのさ、アーサー」 「何だ?」 「……キスしてくれる?」 「唇にか?」 「うん」 「俺は血を吐いたんだぞ」 「知ってる。いつもの発作なんだぞ。独立記念日が過ぎれば……元に戻るだろ? 病気なんかじゃないからうつらないよ」 「――そうだな」 アーサーはアルフレッドのふにふにした感触を味わう。そして、離れる。 ――少年期から脱したばかりのアルフレッドは、ほんの少し大人びた笑みをアーサーに見せた。 後書き ヘタリアの小説書いたのは久々のような気がします。 アル、お誕生日おめでとう。そして、倒れ込ませてしまってごめん! 『1976年アメリカ独立記念日』と対になってます。 2013.7.4 |