すまない・・ 前編

 秀徳高校の教室――。
 昼休み時間で生徒達は思い思いの行動を取っている。弁当を食べている者、笑いさざめきあっている者――。
 その中で。
 ひとかたまりに固まって何やら重い空気の男子生徒達がいる。
 別段その少年達が普段から暗いわけではない。ただ、何となく訳ありの話になると、重いオーラが漂ってくるというだけだ。緑間も気にもとめていなかったが――。
「明洸中――」
 の台詞で緑間は現実に引き戻された。
「オレの従兄弟、明洸中にいた時、バスケでがんばってたんだけどさ……今はもうバスケやめて、家に引きこもっているんだって」
「シゲ、か?」
「うん、そう。あんなに明るかったのに引きこもりなんてなぁ……正月休みに会いたかったのに」
「どうしたんだろうなぁ」
「それが何にも言わないんだとよ……」
 明洸中学。確か、全中の決勝戦で戦ったことがある、と緑間は思い出していた。普段は忘れていたのに――というか、相手校の名前など、滅多に思い出さない。
 無敵を誇っていた帝光中『キセキの世代』。その中の一人である緑間真太郎は、ばらばらになるチームメイトを見て、
(勝手にするのだよ――)
 と一人冷めていた。
 あんなのは――キセキの世代のバスケはバスケではなかったな。そうも思い当たる。
 力を合わせていくのではなく、エゴとエゴがぶつかるパワーゲーム。例外は幻のシックスマン、黒子テツヤだけだった。
 緑間は、その中で一人平然と自分のバスケをやっていた。
「真ちゃん、おーい、真ちゃん」
「は……」
 緑間はまたしても物思いに沈んでいたらしい。高尾和成に呼ばれて我に返った。
「変だよ。どしたの」
「別にどうもしないのだよ」
「嘘だねー。高尾ちゃんはお見通しだよん」
 そう言って高尾は緑間の鼻先を指で弾いた。
「な……何をする」
「昔のことでも思い出してたのかなぁって」
 いい勘をしているのだよ。何者だ? こやつ……。
「あー、待っててねー」
 高尾はスマホを取り出し、電話をかける。
「もしもし、黒子ー? 真ちゃんが放課後会いたいってー。うん、うん。秀徳の近くのマジバでねー」
「おい、高尾……」
「キセキ絡みかなぁと思って黒子に電話したんだけど。中学からの友達ってあいつしかいねーだろ」
「そ……そんなことは……」
「いないんだろー。友達。キセキ絡みでなくてもさ、一応旧交温めて来いよ。少ない友達は大事にしなきゃ、な?」
 緑間は高尾に何か言ってやろうとしたが、何を言ったらいいのかわからなくなった。
「はい、都合はいいので必ず伺います」
 と、黒子テツヤの礼儀正しい承諾の声が聴こえた。

「だからさー、何でオレも行かなきゃいけないわけ?」
「オマエが勝手に電話するからなのだよ」
「オレはセッティングしてやっただけだぜ」
「いいから早く来い」
「ったくー。強引だな。真ちゃん」
「強引なのはどっちだ」
「黒子も真ちゃんや他のキセキに振り回されたんかねー」
「うるさいのだよっ!」
 黒子の事情なんか知るか! 緑間はそう思っていた。
「けどさぁ、黒子ってどんな育ちの子?」
「いたって普通の家庭だと言っていたが」
「普通って……黒子の普通ねぇ……でも、言葉は丁寧だよな。真ちゃんと違って」
「むっ、失礼な」
「真ちゃんて、いい家のお坊ちゃんのくせに口悪過ぎなんだよ!」
「うるさい!」
 信号が青になった。
「さっさと渡るのだよ」
「へいへい」
 マジバーガーの店内では、黒子がバニラシェイクを啜りながら待っていた。
「おーす、黒子ー。真ちゃん連れてきたよー」
「……オレが連れてきたのだよ」
 緑間が小さな声で言った。
「いんやー。『オマエも来い』って頼まれちゃって。ほら、真ちゃん照れ屋だから」
「元はと言えばオマエが原因なのだよ」
「――座ってください。そこ、通路ですよ」
「あ、いけね」
 高尾が緑間の隣に腰かけた。
「今日はどうしたんですか? またつぶらな瞳のラッキーアイテムですか?」
「それ言うなって。黒子。ほら、真ちゃん。話、あんだろ?」
「う……」
 確かに訊きたいことはあった。けれど、どこから話せばよいのやら――。緑間はぐるぐるしていた。
「緑間君……?」
「黒子……明洸中って、覚えているか?」
 黒子の青い目の光が弱まった。すっと悲しげに瞼が影を落とした。
「はい。覚えています。……すごく」
「シゲってヤツがいただろう」
「ええ。僕は……彼の親友でした」
 でした……過去形だな。
「今はそうじゃないのか」
「はい……荻原シゲヒロ君は……もうバスケを辞めました。あんな……あんな下らない遊びのせいで……」
 机の上の拳を黒子は震わせていた。
 下らない遊び――それは、帝光のスコアを111点、明洸のスコアを11点、つまり、スコアの数字を全部1に揃えることだったのだ。その為に紫原が――自殺点を入れた。試合は最後、しまらないものとなった。
「確かに下らなかったのだよ……でも、オレは……止めなかったのだよ。止める気すら、あの頃のオレにはなかったのだよ……」
 今ならば――。
 シゲ、という少年の気持ちもわかる気がする。
 全てをバスケに賭けた少年。練習で吐いても、がんばれるという少年。その少年が――。
 ただ『強い』というだけのキセキの世代の連中に神聖な試合で弄ばれ、姿を消した。
 今、自分がそんなことをやられたら、屈辱で相手を殺したくなるだろう。
 それをする代わりに、シゲという少年は、バスケを辞めた。
「うっ、あっ……」
「緑間君?」
「すまないのだよ、黒子……ただ、涙が溢れて止まらないのだよ……」
「その言葉、荻原君に聞かせてあげたかったです」
「高尾……先帰っててくれ……」
「オレ、ちょっと心配だな……」
「いいです。緑間君のことは、任せてください」
「うん。ごめんな……真ちゃん」
 高尾が、じゃ、と言って席を立った。最後に一度だけ、不安そうに緑間の方に振り向いた。
「頼んだ。黒子」
 そう言い残して、高尾はマジバを出て行った。

2014.1.3

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