すまない・・ 中編

「シゲ……荻原シゲヒロというヤツは……今、引きこもっているそうだ……」
「そうですか……」
 黒子にはいっぱい言いたいことがあったはずだ。何となく、そんな気がした。けれど、黒子は黙ったままだ。
(シゲ! シゲ!)
 今、唐突に記憶が甦る。
 汗にまみれてきらきら光っていた少年。
(せめて、2ケタは取ろうぜ!)
 そう言って、チームを牽引していた少年。
 もしかすると、それまで取った9点も、帝光中の『お遊び』で取らせてくれた点数だと思ったかもしれない。けれど――。
(違う、違うのだよ!)
 確かに、その9点は、明洸中が――シゲ達が実力で取ったものなのだから。
(もっと……誇ってもいい……帝光から……それでもいつもより本気を出していた帝光から9点を奪取したのだから)
「緑間君……君は、優しい人です」
 顔を上げると、黒子が静かに微笑んだ。影が薄いくせに、どうしてこうすんなり人の心に入っていくことができるのであろう。そういうところだけは、タイプは違えど、高尾に似ている気がする。
(果報者なのだよ。火神も)
 緑間も笑った。
「僕は……荻原君の為に決勝では本気を出してくださいと言いました。試合の後、赤司君は、それを詭弁だと言った。友達だから手を抜くな。僕の言ったことはムシが良すぎでした。僕は……帝光中のバスケがバスケでなくなっていく。そんなところを何度も見ていたのに、何も言いませんでした。僕は……卑怯でした」
「――今から荻原というヤツのところへ行く」
「僕、住所知りませんよ」
「ああ、それは何とかして探す。だが――その前に寄るところがある」

 ピンポーン。
 緑間と黒子が向かった先は――帝光バスケ部元主将、虹村修造のところであった。虹村は今、アパートで独り暮らしをしている。年賀状で住所はわかっている。
 だが――ドアを開けて出てきた人物は意外な人であった。
「な……灰崎」
 灰崎は昔のばさばさした灰色の髪に戻っていた。しかしちゃっかりピアスはつけたままだ。
「おーい、虹村ー。ギャグだぞー」
「はぁ?」
 廊下の奥から間延びした疑問符が飛んできた。
「違った。客だぞー」
「誰だよ一体……あ」
「お久しぶりです、虹村主将」
「お久しぶりです」
 緑間と黒子が揃って頭を下げた。
「おー、元気かオマエら。さ、まず入れ」
 寒かったから助かった。緑間はちらと灰崎に視線をくれる。灰崎は知らん顔をしていた。
「何で、灰崎がここにいるんです?」
 居間でくつろぐ虹村につっこんだ。
「んー、拾ってやったっていうか……こいつ、目を離すとすぐ勝手な行動を取るから……」
「そう。オレが拾われてやったんだぜ」
「デカい面をするな。居候のくせに。雨ん中喪家の犬みたいにほっつき歩いていたのはどこのどいつだ」
「でも、オレの料理は結構旨いだろ」
「昨日の味噌汁はちょっとしょっぱかったけどな」
「虹村……オマエ舌肥え過ぎだぞ。昨日に戻ってまで文句つけることねぇだろ」
(虹村……灰崎……オマエら、人がこの様子見たら何て言うかわかっているのか……これは、これは、まるで……夫婦、なのだよ)
 緑間は自分と高尾の姿をつい重ね合わせてしまい、慌てて首を勢い良く横に振った。
「どうしました。緑間君」
「いや、何でもないのだよ」
「ま、緑間は中学んときからヘンなヤツだったもんな」
 灰崎が偉そうに言う。
(オマエに言われたくはないのだよ……)
 この不良の手綱を見事にさばいていた虹村もただ者ではない。
「ちょっと、話がありまして……」
「何だ?」
「帝光中のバスケ部のことなんですけど――」
「灰崎――」
 虹村のもともと細い灰色の目がすっと細くなった。
「オマエ、いて大丈夫か?」
「いいっすよ。昔のことだもん」
「あ、いや灰崎は関係ないんです。これはオレ達の――キセキの問題であって……」
「キセキ……黄瀬は腹立つヤツだったな。青峰もオレを力づくでのしてくれたしよぉ……キセキの奴等ってのは揃いも揃ってムカつくヤツらばっかりだぜ。緑間、オマエもだ」
「こら、祥吾」
 虹村が、灰崎を、ファーストネームで呼んだ……? 信じられない光景に、緑間はアンダーリムの眼鏡の奥の目を見開いた。
「お二方はそういう仲なんですか? 随分仲良さそうですが」
「おいっ、黒子……」
 そういうことはオレでさえ訊くことができないのだよ。緑間は焦った。
 だが、当の二人は――
「ははっ。やっぱしわかるか?」
「オレ、虹村がいなかったら本格的にやくざ道突っ走ってたわ」
 二人とも照れているようだ。何だか、あまり見たくない光景だ。だが、黒子の声は弾んでいた。
「お幸せそうで良かったです」
「はっはっはー、羨ましいだろー。やっぱ帝光のバスケは辞めてよかったぜ。虹村いねぇとつまんねぇもん。オメーらは相変わらず不幸そうだなぁ」
 灰崎が黒子の肩をどやした。
「灰崎君はバスケやってるんですか?」
「部活は辞めたけどよ、ガキどもにバスケ教えてんぜ。虹村と一緒に」
「なんか――火神君の師匠みたいになってますね。あの人は女の人ですが」
「へぇっ。そんなキトクなねえちゃんがいるの。一度会ってみたいな」
「オマエは女好きだからなー。でも、祥吾」
「何?」
「浮気してみろ――殺すぞ」
 虹村が殺気を漂わせている。本気だ。
「わぁっ! すみません! オレは虹村サン一筋でございます~!!!」
 灰崎が虹村に向かって土下座した。緑間と黒子はぽかーんと口を開いて見ていた。だが――
「これでは話は進まないのだよ」
「そうですね……あの話をしないと」
「おう。話すんだったら聞いてやる。その前にメシどうだ? 灰崎のメシ、結構旨いぞ」
「すみませんが今は――食べる気になれません」
「んだと、黒子ぉ。オマエ、オレの作った飯は食えねぇっていうのか? あぁん?」
「脅すな、灰崎」
 虹村の口調が帝光中時代のキャプテンの頃のものに戻った。灰崎の呼び名も『祥吾』から『灰崎』に変わっている。安心した緑間と黒子が――いや、主に黒子が話を始めた。
 荻原シゲヒロと仲良くなったこと、いつか一緒に競おうと約束したが果たせなかったこと、そして――。
 キセキの世代達のお遊びのせいでバスケットに失望し、荻原――シゲ、と呼ばれた少年は引きこもりになったこと――。
「……くだらないことしてたんだな。オマエら」
「はい。今になって、そう思います」
 緑間が首肯した。
「まぁ、気持ちもわからなくはないけれど……」
「はいはい! オレ、超わかるぜー!」
「静かにしろ! 灰崎……な?」
 灰崎の肩に手を置いた虹村のバックに龍が現れた。
「す……スンマセン……」

2014.1.9

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