メリクリ?

 これまでのお話。俺――アルフレッドは、アーサーとデートしているところを友人達に邪魔された。
 フランシスは、いいところを知っていると言う。案内されたフランシスの知ってるいいところ、と言ったら……やはりフランシスの自宅であった。
 みんなで飲めや歌えの大騒ぎ。
 気がつけば、アーサーと俺以外、全員潰れていた。
 自棄酒たくさん飲んだのに、無事なのは俺とアーサーだけかぁ。
 俺はガシガシと頭を掻いた。
 アーサーがこっちを見ている。
 まだみんな寝ている。当分起きそうにない。
 これは……チャンスだ!
 舞台がフランシスの家というのが気に入らないけど。どうせだったら、俺の家とか、アーサーの家とかが良かったなぁ。
 うん。初体験がアーサーの家でというのはいいなぁ。俺はつい夢見心地になった。頬が熱くなって、頭がぼうっとする。俺はうっとりとなった。
 でも、酒に弱いアーサーが何ともないなんて、何でだ? 俺は疑問を抱いた。
「なぁ……平気かい? アーサー」
「何が」
「その……酔っぱらってないかい?」
「飲んだふりぐらいできる」
 そうかぁ……。そういえば、俺がはしゃいでいた時、アーサーは隅っこで細々と軽食をつついていたような気がする。
「どうして」
 俺は言いたかった。どうして、一緒に飲まなかったんだい? そう訊きたかった。
「今日はおまえと……二人きりで過ごしたかった」
「ほんとかい?!」
「ああ……それに、俺も期待してた」
 ああ、神様!
 俺とアーサーの心は、通じ合ってたんだね!
 兄弟としての縁を切ってもなお。俺の方からアーサーの『弟』を辞めたんだけど。
 俺は、いつの頃からかアーサーを兄としてではなく、恋人として見るようになっていた。だから、独立した。でも、愛しさには変わりはない。
 今ではちょくちょく遊びに行っている。アーサーは俺のことを『ちょっと変わった友達』としか見ていないと思ってたんだけど……。
 だから、さっきの言葉は嬉しかった。
「アーサー……」
 俺と、寝ないかい? 俺は、アーサーをベッドに誘おうとしていた。
 フランシスの部屋で? でも、構わない。どうせ後でフランシスが顔をしかめるだけのことだ。行為後のベッドを見て。
 俺達は愛し合う。
「でも、俺は、フランシスと……」
「わかってる。寝たことあるって言いたいんだろ?」
 アーサーは目を見開いた。フランシスに牽制されたこともあるし、わかってるよ、そんなこと。
 アーサーの魅力に抗える男なんていないんだ。俺だって既に夢中だもん。
「関係ないよ。君とあいつの過去なんか」
「でも……」
「大事なのは、今と未来なんだよ」
 そう言って、とびっきりの笑顔をくれてやった。アーサーは照れたように俯いた。
「行こう。アーサー」
 未来への扉へ。
 俺は、フランシスの部屋のドアを開けた。
 フランシスの寝床は綺麗にベッドメーキングしてある。朝になって、多分ぐちゃぐちゃになったここを見たら、何と言うかな。そう思って、俺は笑った。
「何だよ……アル」
「いや、別に」
 俺は笑いを引っ込めた。
 アーサーを押し倒して、服を剥ぐ。彼は抵抗しなかった。
 そして俺は――。
 俺は――。
 ……冷や汗をかいた。
「アル?」
 アーサーが顔を傾げる。
 反応しない。
 しまった! 飲み過ぎた!
 ああ、アーサーはこんなに可愛くて魅力的なのに。
 肌だって、こんなに白くて、キスマークをつけたいぐらいなのに。
 俺は、泣きたくなった。男として、こんなに情けないことってあるんだな。経験ないから、わからなかったよ。
 ああ、後数時間、時を巻き戻せたら――。
「アル」
 アーサーは力強く言った。
「外へ出よう」
 
 風は刺すように冷たかった。俺達は服とコートを着て外に出た。さすがに十二月だ。寒い。
 隣にはアーサー。彼はきっと、俺に気を使ってくれたのだ。
 馬鹿にするでもなく、陳腐な慰めをするでもなく。
(ありがとう)
 俺は、アーサーの手をぐっと握った。
「たまには深夜の散歩もいいな」
 アーサーが言った。
「徘徊って言うんじゃないの?」
「うるさい」
 アーサーが俺を小突く。
 ああ、溶けて行く、溶けて行く。さっきまでの緊張も、無力感も。
 アーサーも同じ男だから、わかるんだ。
「買いものしようぜ」
 アーサーが鼻歌を歌った。リラックスしているのがわかる。
 彼も、緊張してたのかな。俺と同じように。
「ようし。おまえのスーツを買いに行くぞ!」
 アーサーは浮かれている。ちょっと前の俺に似ている。なんか、本心を隠しているような。
 アーサーも残念だったんだ。ああ、俺が男として役に立っていたら――。
 でも、笑顔のアーサーにそんなことを言ったら、彼の心遣いを台無しにしてしまう。
 それに、よくあることじゃないか。初体験が上手くいかないことなんて。
 俺は、アーサーの顔を見た。彼はきらきら輝いている。彼のつけている香水の匂いがふわりとこっちまで届く。薔薇の香りだ。いい匂い。
 アーサーは輝いている――彼を自分のものにできたら――。
 だって、昔から好きだったんだから……。子供の頃から……。
 あ、あれ? なんか妙な気持ちだ。さっきまでとは違う――。
「アーサー……」
 俺は立ち止まった。
「何だ? アル」
「俺……何だか催してきたみたいだ」
「んだよ。トイレか?」
「違う……あっちの方」
 どこかホテルに行きたかった。
「じゃ、ちょっとそこらへんでやれるとこ、探すか」
 俺は無言で頷いた。
 アーサーが見つけてきたのは、ラブホテルとしては立派なところだった。
 フロントの人が、俺の無様な格好を見ても笑わなかったのは、流石だと思う。
 俺達は部屋に入ると、服を脱いでベッドに倒れ込んだ。
 コンドームを忍ばせた財布を手に取る。ローションは持って来なかったので、アーサーの先走りの蜜を代わりにする。
 アーサーは俺のモノを見て目を瞠り、顔を背けた。
 慣らすのもそこそこに、俺はアーサーと繋がった。
 最初は苦しそうだったが、やがて、嬉しそうな顔になる。俺が求めていた表情だ。
 俺達は長い間愛し合っていた。俺は、他人に対して使うのは初めての自分の道具で、アーサーの穴を穿った。
 アーサーは時々、嬌声をあげた。アーサーにそうさせているのは、この俺、アルフレッド・ジョーンズだ。俺はすっかり自信を取り戻した。
 それに、アーサーは『兄』だったこともあるのだ。俺は力の意識に酔った。
 何回か達した時のことだった。俺は、アーサーの満足そうな顔を見て(アーサーは意地っ張りだから、本当のことは言わないが、多分満足したんだと思う)、俺も心と体が充実感で一杯になった時のことだった。
 アーサーがかっと目を見開いた。
「アル、テレビつけて!」
 ちぇっ。ピロートークでもしようと思ったらテレビかぁ。冷めるなぁ。俺はアーサーの中に入っていた部分を引き抜くと、テレビのスイッチを入れた。
「ピンク映画がいい?」
「バカ」
 俺は、テレビ画面一杯に広がった『Merry X'mas』という、灯りで作られた文字を見た。
「すごい……綺麗」
「だな」
 俺の言葉に、アーサーは何故か得意そうだった。
「俺、幸せだよ」
 アーサーの台詞に俺は言った。
「こんなことできたから?」
「バカ」
 アーサーはまた、「バカ」と言った。
「スーツは買えなかったな」
 アーサーってば、まだ忘れてなかったのか。
「せっかくおまえを俺のような紳士に仕立てあげようと思ったのにな。今日の服もわるかないけど」
「へぇ。君が紳士ねぇ――それより、もう一戦やらない」
「いいな」
「――紳士はそんな誘いに乗らないの」
「ちっ。口ばっかり達者になりやがって。しぼんでたおまえは可愛かったのにな」
「お生憎様」
 今だから言えるそんな冗談。そんなやり取り。
 俺はアーサーの口を塞ぐとしばらく吸い続けた。純粋に唇の味がした。俺は夢中になって貪っていた。

後書き
web拍手お礼画面過去ログの『Happy merry X'mas』の続きです。
書いている間、楽しかったです。
まだこの後書きに何か書きたかったんだけど、何を書こうとしてたのか、忘れてしまった……(笑)。
2011.1.1

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