菊の誕生日その後
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「菊ー!」
「菊さーん!」
 自分を呼ぶ声がして、菊は、
「行かなきゃ」
 と、ヘラクレスから離れようとする。
「行かないで。菊……」
「ヘラクレスさん……」
 そして二人はまたじっと見つめ合う。
「行こう」
 ヘラクレスは菊を担いだ。菊はされるがままである。
「どこへ――」
「ここでないところ。菊と二人きりになれるところ」
 ヘラクレスはずんずんと歩いて行く。――着いたのは安手のモーテルだった。確かに、ここに本田菊がいようとは、上司の誰も思わないであろう。
 部屋に入ると、早速ヘラクレスは菊に前戯を施そうとした。
「ま、待ってください……」
 菊は制止した。
「菊、嫌なの……?」
 ヘラクレスはしょげた顔をした。
「いえ……ね。その前にシャワーを浴びたいんですけど……」
 この心を落ち着かせる為にも――。
「わかった」
 相手が頷いてくれた。

 シャワーを浴びている間も菊の興奮は冷めやらない。
(どうしてこんな風になってしまうのでしょう。――ヘラクレスさんと会っただけで……)
 自身が素直な反応を見せる。
 なんてはしたない人間(国)に自分はなってしまったんでしょう――。
 ヘラクレスさんといるだけで、ヘラクレスさんが自分を見るだけで。
 菊はこっそり自分で処理しようと思ったが、これからすることを考えて、自分はもう若くないのだ、ここで精を放っても疲れるだけだと考える。
「菊!」
 長いシャワータイムの後、ヘラクレスが飛びついて来た。
「菊……抱いていい?」
「はい……」
 頬にかーっと熱が集まる。バスローブ姿の菊は俯いた。
 唇に何度もキスを受けた後、ヘラクレスは菊の鎖骨を軽く噛む。それすらも快感になって――。
(ああ、もうどうなっても構いません……)
 ヘラクレスは菊のバスローブを脱がせると鎖骨を唇でなぞる。二つの胸の珠飾りも。
「菊……赤くなってる……綺麗だ……」
「そんな……言わないでくださいよ……」
 菊が恥じらうとヘラクレスは、ちょっと待ってと言って、自分も服を脱ぐ。二人は生まれたままの姿になった。
 ヘラクレスの裸身はいつ見ても惚れぼれするほど素晴らしい。まるでギリシャ彫刻のようだ。自分の貧弱な裸が恥ずかしい。
 彼自身ももう天を仰いでいた。それを見て菊も、先走りの蜜をたらす。
(なんてはしたない体になったんでしょう。私は――)
 一国の主なのに、ギリシャという国を愛してしまった。
 ――と、ヘラクレスが菊の花芯を咥えた。
「え? あ、ちょっと――」
 初めてではないのにまるで処女のように菊は胸が高鳴る。
 ヘラクレスの巧みな舌使いに翻弄される。菊はこの頃はもう自慰もしないくせに、若者のように反応する自分の雄を感じた。あまりの気持ち良さにどうにかなりそうだった。
 彼がいなかったら、こんな快感も感じぬまま死んでしまっていたかもしれない。
「あ……あ……」
 菊が切なげな声を上げる。ヘラクレスが自分の自身を咥えている。その姿を見るだけでもう達しそうだ。
 ヘラクレスが唇をすぼめて菊に刺激を与え続ける。
「いや……ぁ……」
 菊もどうしたらいいかわからない。
「ヘラクレスさん、もういいですよ、ヘラクレスさん」
 必死に止めようとする。が――。
「いやだ」
 と、一旦唇を離してヘラクレスが言う。
「菊のここも、俺のもの」
 そう言って口淫を再開する。
(ああ、このままヘラクレスさんに占領されてしまうのでしょうか、私は――)
 快感の波が押し寄せる。一際大きな波が来た時、
「……ああっ!」
 と声を上げ菊は絶頂に達した。
 これだけでも充分過ぎる程気持ち良いのに、それ以上の快感が待っているとは――。
 ヘラクレスは菊の放ったものを飲み下した。
 菊がベッドに押し倒される。そこで、今まで立っていた姿勢のままだったことに菊は気がついた。
 ヘラクレスは指を丁寧に湿らすと菊の双丘を割って蕾に指を入れた。
(今時の若者はこういうことをしてるんでしょうか――)
 それはこれまでも考えてきたことだった。
 ヘラクレスは菊より若い。求め方も情熱的だが、この頃更に愛の技術が発達したようだ。確かに、行為の数が世界一な国だけのことはある。
 ヘラクレスは菊を傷つけまいと丁寧にほぐす。それすらも快楽に変わって菊はまた反応していた。ヘラクレスとの行為は菊を若返らせていた。
 相手の指がある場所をかすった時――。
 菊の体はびくっと痙攣した。
 指だけでは足りない、もっともっと質量のあるものを菊は欲した。
「ヘラクレスさん……来てください……」
 しかし、ヘラクレスは無言のまま愛撫をやめない。片方のあいた手で菊の花芯を扱き始める。
「ヘラクレスさん……」
「このままだと……まだ菊が痛がると思って……」
 変なところで気を使う彼である。菊はもう、男、というよりヘラクレスに抱かれることに慣れているというのに――。
「いいんです。来てください……」
 再度言うと、ヘラクレスが熱くなった菊の中へと入って行く。
「うっ……」
「菊……大丈夫……?」
「ええ、平気です……」
 少し圧迫感はあったものの、満たされた感動の方が強かった。
 ヘラクレスの自身が入った後、彼はゆっくり律動を始めた。菊の花芯を握り込みながら。
「あっ、ああっ……」
 ヘラクレスは動いたり焦らしたり。相手が動く度、衝撃が菊の脳天を貫く。
 それは苦痛ではない。紛れもない快楽だった。
 ヘラクレスが蕾から出て行く度、菊は彼を追う錯覚を感じる。
 菊の体内が蠢動を始める。ヘラクレスを奥へ奥へと誘おうとする。感覚が鋭くなる。
 ヘラクレスが自分の中にあるというだけで――愛しい彼の体が質量を増したというだけで――。
 菊は自分がどうしようもないくらい感じていることを知る。もう、理性は忘れ去られていた。
 昔、無理矢理顔も覚えていない男に犯された時とは全然違う。あの時はただただ苦痛なだけだった。だが今は、官能的な欲望に体が狂ってしまいそうだ。
 日本とギリシャ。二つの国はひとつになれない。わかってはいるのに。
 何故自分はヘラクレスに恋してしまったのだろう。
 お互いの立場はもうはっきりしているのに。
 恋をしてしまった。この青年に。生まれて初めて恋を――。
 もう二度とこんな恋はできないしヘラクレス相手でなければしたくない。
 ずり上がった肩をヘラクレスが引き戻す。
 ヘラクレスの逸物が接触するあの箇所。そこに触れられる度に菊は乱れる。ヘラクレスの動きそのものに菊は夢中になった。ヘラクレスが菊の体内を貪る。
 二人の皮膚に汗が吹き出す。ヘラクレスが菊の肌を舐める。日焼けすることがないので白い菊の肌を。
「菊……好きだ……」
 耳にそっと囁かれた言葉。
 彼と出会ったこと自体、奇跡かもしれない。
 私も好きです、ヘラクレスさん――!
 菊が二度目の絶頂に達した。ヘラクレスもまた、菊の中に欲望を放った。熱い熱い欲。菊の体は弛緩した。満足だった。
 彼らは我武者羅に互いの唇を求め合った。菊の自身はもう半分勃ち上がっていた。ヘラクレスの若さが伝染したのだろうか。
 自分が信じられない。とっくに老体になったと思ったくせに。
「もう一回、する?」
 ヘラクレスが訊いた。菊ははにかみながら笑った。これは後で腰痛ですね――と。

「……菊って仏花なんですよ」
 ピロートークの時、菊はそう言った。
「ぶっか……?」
「仏様にあげる花のことです」
「ほとけ……?」
「普通は死んだ人――亡くなった方のことを仏様と言いますね」
「菊……死んでは嫌だ……」
 ヘラクレスは必死の形相で菊を抱き締めた。
「私は国ですから簡単には死にませんよ。それに――菊が何で仏花と呼ばれているかわかります?」
「え? あ……わからない」
「菊は長持ちする花だからです」
「そっか……良かった」
「一緒に長生きしましょうね」
 菊がそう言うと、向き直ったヘラクレスの顔は一気に輝いた。
 ヘラクレスも今、大変だろうに――。そして自分も。
 己達の将来に幸あれと、願うことしかできなかった。

後書き
この間の菊誕小説、『菊へ ~誕生日おめでとう~』の続き。
菊とヘラクレスのえりょが多目。
でも、もう少し長く続けたかったな、と思います。自分でも。
最後の会話は、菊誕イラスト、『本田菊の誕生日』に載せた文ををちょっと改変させたものだったりします。
2013.2.21

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