菊へ ~誕生日おめでとう~

「今日は我が国、日本の本田菊の誕生日だ。祝いに来てくださった方に感謝だ!」
 そう言って、菊の上司が音頭を取る。
「そんな大げさな……」
 正装した菊がはにかみながらグラスを高々と上げる。
「私達の国民に乾杯!」
「乾杯!」
 宴のさなか、菊に向かって早速やって来たのはアメリカ代表であるアルフレッドであった。
「菊! ハッピーバースデーなんだぞ!」
「おい。もう少し品良くできないのか……俺達は一応国賓なんだから」
 傍に駆けつけて来たイギリス代表のアーサーがたしなめた。
「君の方こそ。今日は酔い潰れたりしないようにね」
「んだとう……?!」
「まぁまぁ」
 今にも喧嘩を始めそうな二人を菊はなだめようとする。
「あ、そうだ。アルに撹乱されて忘れるところだった。――はい。これ。誕生日プレゼント。それから、誕生日おめでとう」
「はぁ……」
 菊はアーサーから手渡されたプレゼントの小箱を受け取った。多少呆然としながら。
「我が国で算出されたおまえの誕生石だ。受け取ってくれ」
「……ありがとうございます」
 菊はアーサーにお辞儀をした。
「俺も俺も! 誕生日プレゼントがあるんだぞ!」
 アルフレッドがしゃしゃり出る。
「んだよ。出しゃばるんじゃねぇよ。ガキ。大体プレゼントなんてどこにあるんだよ」
「大き過ぎてこの会場には入らないのさ。わかったかい? おバカなアーサー」
「誰がバカだ!」
「わぁっ、喧嘩ならよそでやってください!」
 今日はめでたい日本の誕生日。個人間とは言え、国家の揉め事は困る。そうでなくても頭が痛いことがたくさんあるのに――。
 アルフレッドとアーサーは寄ると触るとすぐに痴話げんかだ。これで仲睦まじい時期もあるというのだから、人間関係というのは傍から見ただけではわからない。
「アロー。菊。フランシスお兄さんだよ」
 薔薇の花弁を散らしながらフランス代表のフランシス・ボヌフォアが現われた。
「あ……ありがとうございます」
 菊は今日何十回目かになるお礼を言った。
(掃除が大変そうだな――)
 と思いながら。
「今日の料理は俺の国で修業したシェフが作ったんだよん。ほら、菊に挨拶したまえ」
「は、どうも……初めまして。お噂はかねがね……」
「いえいえ。こちらこそ美味しいお料理をありがとうございました」
 菊とシェフは握手し合った。シェフは少し舞い上がっているようだった。
 料理は確かに美味しかった。けれども、菊には気になることがある。
(あの人が来ていない――)
 わかっている。あの人もあの人で大変なんだ。けれども――。
(あの人に一番に来てもらいたかったのに……)
 菊は招待客を目で追う。あの大柄な男の姿はない。
 ヘラクレス――ヘラクレス・カルプシ。菊の探しているのは彼である。菊の愛した恋人。
(ギリシャも今いろいろと大変だから……)
「よぉ、飲んでるか? 菊」
 トルコ代表のサディク・アドナンが近づいてきた。
 いつもだったらここでヘラクレスとサディクが衝突するところだが、幸か不幸かヘラクレスは今、いない。
「ブォン コンプレアンノ! 菊~!」
「ふん!」
 イタリア代表、フェリシアーノとロヴィーノの兄弟だ。
「フェリシアーノさん、ロマーノさん」
「俺もいるで~」
 スペイン代表のアントー二ョも言った。
「あなた方は絶対もっと遅くなると思ってましたのに」
 菊の気分は僅かながら良くなった。
「あのじゃが芋野郎に無理矢理起こされたんだよ!」
「そんな~。ルートは俺達をわざわざ起こしてくれたんだよ?」
「すまない……少し遅れてしまった……」
 ドイツ代表のルートヴィヒが詫びた。
「ねぇ、俺達を起こしてれたのはルートなんだよ。愛を感じない? ねぇ……」
「感じるか、バカ!」
 兄のロヴィーノが弟のフェリシアーノの向こうずねを蹴った。
「いったーい。痛いよ、兄ちゃん」
「ロヴィーノ、あんまりめでたい席でおいたしない方がいいで~」
「ふんっ!」
 注意するアントーニョからロヴィーノは顔を逸らした。噂ではロヴィーノとアントーニョも恋仲らしい。
 彼らが来てくれるのは嬉しい。だけど、パーティーの騒々しさはもう老体と言っていい菊には少々辛い。
「私はちょっと外の空気を吸ってきますね」
「菊。気持ちはわかるが、主役がいなくては祝いの席は台無しだぞ」
 と、ルートヴィヒが菊の気持ちを汲みながらもたしなめる。
「――上司と話をつけてきます」
 話し合いの結果、十五分だけなら、という条件がついた。
「ふぅ……」
 やっと静かになったのでようやく菊は人心地がついた。ここからは海がよく見える。ヘラクレスが日本に来た時に行ったことのある想い出の場所だった。
 だから、菊は今年の誕生パーティーにはこの場所を選んだ。
 あの人はやっぱり来なかったな……。
 菊は残念そうにアーサーからもらった小箱を弄んでいた。
 そこへ――
「菊!」
 聞き慣れたどこか間延びした男らしい太い声。
「ヘラクレスさん!」
 途端に菊の顔が輝いた。
「菊……遅くなってごめん……」
「いいえ、いいえ」
 菊は感極まって顔が火照った。
「その箱は?」
「ああ、これですか? アーサーさんにもらったんです」
 菊は慌ててポケットにそれを突っ込んだ。
「菊は……人望あるから……みんな菊の為に来てくれるんだ……」
「はぁ……でも、本当は内輪だけで祝いたかったんですよ。それよりも……ヘラクレスさんは大変だからもう来ないものとばかり思ってました」
「菊の誕生日……何を置いても来ないわけにはいかない……大事な、大事な菊の誕生日だから……」
 そして、ヘラクレスは菊の花束を渡した。
「菊と同じ名前の花……綺麗だから買ってきた……俺、今お金ない。だから……」
「充分です。ヘラクレスさん……」
 菊は胸元に自分と同じ名前の花をつけた。
「ありがとうございます。ヘラクレスさん」
 菊は輝く笑顔を恋人に見せた。
「菊……!」
 ヘラクレスは菊を思い切り抱きしめた。嬉しい不意打ちだった。
「ヘラクレスさん……」
 菊も彼氏を抱きしめ返した。
「おーい、菊ー! ……おっ」
 フランシスが菊達を見つけた。
「どうしたんだい、フランシス」
「しーっ、邪魔すんな、アル」
 菊は花束を手にしたままヘラクレスの男くさい体臭のする胸に顔を埋めていた。車のヘッドライトが彼らを照らして去って行った。

後書き
一日遅れの菊誕小説です。
菊、誕生日おめでとう!
2013.2.12

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