バーナビーの幸せ家族 前編

 後藤さんが新しい薬を作ってくれた。後藤さんは斎藤さんのいとこで、ケミカル担当だ。
 これで虎徹さんの能力減退も治るといいんですが――。
 僕――いや、僕達の能力はハンドレットパワーと言って、身体能力を百倍まで高めることができる。
 でも――本来なら五分間はもつはずのこの能力が、今の虎徹さんでは一分間しかもたない。
 だから――皆で暗中模索している最中なのだ。早く、虎徹さんが一部リーグに復活できるように。
 虎徹さんは、『中年の星』として、今騒がれているのだが。
 でも、やっぱり僕は虎徹さんと戦いたい。虎徹さんに背中を預けたい。
「お、何かしゃれた瓶に入ってるな」
 虎徹さんがスミレ色の小瓶を振ると、たぷたぷと中の液体が揺れる。
「飲んでくださいよ。いいですか。不味くても飲んでくださいよ」
「わぁったよ、スカイハイがうつったんじゃねぇか? バニ―ちゃん」
「スカイハイさんなんてうつってません。それに、僕はバーナビーなんですがね……」
 後半は言っても無駄と知っている。僕は頭を振った。
「おっ、これめちゃうま――わあああああ!」
「虎徹さん!」
 虎徹さんの様子が、変わった。
 体格が小さくなっている。服がぶかぶかだ。あの変な髭――と言っても、僕は虎徹さんの全てが好きなのですが――が無くなっている。妙にちんまりとしていて表情もあどけなく――。
(可愛い!)
 と思ってしまった。
「なぁ、バニ―ちゃん。何これ」
 声まで高くなっている。まるで変声期前の少年のようだ。
 ああ、これはもしかしてもしかすると――……。
「子供になっちゃったようですね」
「ああ、そうかぁ……っておい! 何で今更ガキに戻らなければならないんだ!」
「後藤さんに言ってくださいよ!」
「ああ、そうだな。……それよりこの服。だぼだぼだぞ」
「待っててください。僕の子供時代の服探してあげます」
「そっか。わりぃな、バニ―ちゃん」
「いえ……」
 僕はクローゼットに仕舞い込んだ服を取り出して子供用の服を探した。
 ああ、あった。
 この服と下着なら小さくなった虎徹さんのサイズにもぴったりだ。想い出にとっておいたのだ。物持ちがいいというのはこういうところで役に立つ。
「はい。虎徹さん」
 虎徹さんは後ろを向いて早速着替え始めた。まだ毛の生える前であろう陰部を拝みたかったが、それはあまりにも変態臭いのでやめることにした。 

「…………」
「…………」
 僕達は二人とも無言でいた。
 虎徹さんは服、似合ってる。でも、恨めしそうな顔でこっちを見てる。
「……もっとカジュアルな服、なかったんかい」
「フォーマルなのしかなかったんですよ。いいじゃありませんか。似合ってますよ」
「そ、そぉかぁ?」
 虎徹さんがぽりぽりと頭を掻く。……単純。
「はーい。虎徹さん、こっち向いて」
 僕はスマホで写真を撮る。
「バニ―ちゃん……子供の運動会みたいなリアクションやめようよ」
「え? だって可愛いから……」
「ったく。バニ―ちゃん、親になったら親馬鹿になりそうだな」
「貴方には言われたくありません」
 娘の楓ちゃんを溺愛している貴方には……ね。
「でも、これ、いつになったら戻るんだ?」
「待っててください。今から後藤さんに連絡します」
「いいから鼻血拭けよ。バニ―ちゃん。――な?」
 僕は後藤さんに電話した。
「あのー。後藤さんが僕に渡した薬、飲んだら虎徹さんが子供の姿になっちゃったんですが」
『ああ、やっぱり間違えたんだ。――すまないねぇ。お子さんを小さい頃の姿に戻したいという依頼があったから、そんな薬作ったんだけど……あ、あちらさんの方には決して飲ませないように、と注意しといたんだけど、お宅は――手遅れか』
 後藤さんの声はやはりガンガン響く。とても大きな声なのだ。
「後藤さん。カンベンしてくださいよ~。あなたがどんな薬作ろうと知ったこっちゃないですがね」
『ははは、悪いねぇ。一日で薬の効果は切れるから、それまでうんと楽しんでおくれ』
「おいっ!」
 ツー。ツー。電話が切れた。
「楽しむってどういう意味だよ」
 虎徹さんはおかんむりだが、僕は後藤さんの言っている意味が少々わかった。
「なぁ、バニ―ちゃん……」
 僕は虎徹さんのほっぺをつまんだ。
「は、はひほふふ」
「ふぅん。やっぱり柔らかいほっぺですねぇ。ぷにぷにしてます。それにとても、柔らかい……」
 僕は手を離した。
「虎徹さんも子供の頃は可愛かったんですね」
「子供の頃はって、失礼だぞ、おい」
「もちろん、普段の虎徹さんも可愛いですが」
「それはそれで複雑なものがあるなぁ……」
 高いボーイソプラノの声。思わずぐっと来そうになった。でも、我慢我慢。こんな子供に手を出したら犯罪になってしまう。性犯罪するヒーローなんてヒーローじゃない。
「んまぁ、これもコナンだと思えばいっか」
 虎徹さんは自らを納得させようとした。
「コナン?」
「ああ。『名探偵コナン』だよ。体は子供。頭脳は大人」
「虎徹さんの場合、頭脳はおじさんの間違いじゃないですか?」
「バニ―ちゃん! いちいち茶化すなよ!」
「すみません」
 僕は笑った。怒った虎徹さんの顔があんまり可愛いから。
 えっと、スマホはどこへやったっけ……。
 その時、チャイムが鳴った。
「僕が出ます」
 ドアを開けるとブルーローズ――いや、普段着のカリ―ナ・ライルが立っていた。
「こんにちはー。ハンサム」
 みんな僕のことをバニ―だのハンサムだの好き勝手に呼ぶ。
「タイガ―いる?」
「――何のご用件でしょうか」
「……いるのね」
 カリ―ナの声が険しくなった。
「アンタ達、一緒の家に住んでるなんてずるいわよ! 私も混ぜなさいよ!」
「そこまで言うなら、入ってもいいですよ」
「ま、私にも家があるし、タイガ―と一緒に同棲するなんて無理だってわかってるけど……」
 同棲……。いい響きだ。同棲。
 僕は虎徹さんと同棲しているんだ。その事実を噛み締めて、何だか心の中がほっこりした。
「ケーキ買ってきたから、一緒に食べようと思って。ハンサムも欲しい?」
「――ありがとうございます」
「――ハンサム。何にやにやしてんの」
「いえ、その……」

2012.10.29

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