OVER THE TROUBLE ~組織壊滅編本編~ 9

 時間は少し遡る――。
 ギルベルトとエリザベータとローデリヒの部屋。
 ギルベルトは、少しそわそわしているようだった。
「どうなさったんですか?」
「おめぇにゃ関係ねぇだろ! ローデリヒ!」
「でも、気にはなります」
「なんたって、ダチだもんな」
 エリザベータが言う。
「え? 何ですって? エリザベータさん」
「な……何でもないのよ、おほほほほ」
 さっきは昔の口癖が出たので、エリザベータは慌てて取り繕った。
 なんたって、今はもうレディなんだから――。
「私出て行ってもいいけれど」
 エリザベータは、これでコミケの新刊のネタが決まったわ、とほくそ笑みながら、親切ごかしに言う。もちろん、後で立ち聞きする予定だ。
「だから、そんなんじゃねぇ!」
 ギルベルトは、怒鳴った後、また我に返った。
「あ、すまん。つい……」
「なんで謝るんですか。あなたらしくないですよ」
「ああ、あいつらのことがあるからな……」
 エリザベータがどこから取り出したのか、ハンディカメラを持って二ヨ二ヨしている。ギルベルトとローデリヒは、それにも気付かず、話を続けている。
「あいつらって?」
「トーリスとフェリクスだよ! 俺、あいつらと戦ったことあるんだ……」
「へぇ。で、どうなさりたいのですか?」
「せっかくだから、気持ちよく、あいつらと協力することができればな、と……」
 ギルベルトの言うことはわかる。K国と戦う前に仲間割れしていたら、こちらの方が負けてしまうかもしれない。
「じゃあ、トーリスさん達のところに行ってみたらどうですか?」
「うーん、そうだな……」
「腹を割って話せば、許してくださるかもしれませんよ」
「そうだなぁ……」
 ギルベルトは、まだ迷っている。
「はっきりしなさい! このお馬鹿さん!」
 ローデリヒがギルベルトに詰め寄った。
「キャーッ!」
 と黄色い声を上げながらカメラを構えているのは、もちろん、エリザベータである。
「墺普も良いわー」
 と、当の二人には何のことだかわからない悲鳴を上げながら。
 それにしても、意外と優柔不断なギルベルトである。
「私の知ってるあなたなら……ッ! こんなことで迷ったりしません!」
「何?! おまえが俺の何を知って……ッ!」
 ローデリヒの言葉に、ギルベルトは反論しようとしたが、つい口を噤んでしまった。
 ローデリヒの真剣な目。ギルベルトはそれを見てしまったからである。
「シュレジェンを手にした時の、あくどいまでのあなたはどこに行ったんですか!」
 もはや、元気づけているのかけなしているのかわからない。
 だが――
「おまえにそんなこと言われるとは思わなかったぜ……」
 ギルベルトは、小さな声で呟いた。そして、マントを翻した。
「俺様は天下無敵の悪役、ギルベルト様だ! 思い出させてくれて、ありがとよ!」
「私もありがとうだわ! こんな美味しいネタ滅多にないもの!」
『墺普萌えーッ』と叫んでいたエリザベータ。だが、もちろんローデリヒもギルベルトも、気がついてはいないのだった。
 彼女の滾る想像力は、後で同人誌という努力の結晶になって現われることとなる。

「とりあえず、いっちょ行ってくるかー」
 そう言い残し、ギルベルトは、トーリスとフェリクスの部屋の前に行った。
 フェリクスは寝ているかもしれない。まぁいいや。トーリスにだけでも……。
 ギルベルトは、部屋の扉をノックした。
「はーい」
 扉を開けたトーリスは、ギルベルトを見て、『げっ』というような顔をした。
「ぎ……ギルベルトさん……」
「よぉ……」
 ギルベルトは、トーリスに目を合わせず、ちょっと戸惑いながらもこう言った。
「フェリクス起きてるか?」
「フェリクスなら、携帯ゲーム? とやらに夢中だけど……何? 俺達に何か用?」
「話がある」
 そう言ったギルベルトは、トーリスに誘われて、部屋に入って行った。
 確かに、フェリクスはゲームに夢中だった。
「ん? トーリス……今いいところだしー」
 体を左右に揺らしながら、フェリクスは熱中している。
「あのね、フェリクス。ギルベルトが俺達に話があるんだって」
「後にしてー」
 フェリクスは顔を上げようとしない。 業を煮やしたギルベルトは、フェリクスからゲームを取り上げた。
「あ、それ高かったしー。それ返せだしー」
「おい。俺を覚えているよな」
 フェリクスはギルベルトの顔をじーっと見つめた。そして言った。
「知らんしー」
 ギルベルトはガクッとずっこけた。
「おいっ!」
「フェリクス……忘れたの? ドイツ騎士団だよ。今は『プロイセン』だけど」
「ドイツ騎士団……プロイセン……?」
 フェリクスは、記憶を探っているようだった。
「あー。そんな奴いたような気がしたー」
「俺は『そんな奴』扱いかよ!」
「君、この人に殺されかけたことがあるんだよ。それなのに……」
「俺、嫌なことは忘れる主義だしー」
 命を狙われたことは、確かに嫌なことには違いない。それなのに、すっかり忘れてるとは……。
(恐るべし! フェリクス!)
「んで? また俺を殺しに来たんー?」
 フェリクスが二ヨ二ヨしながらジョークを飛ばす。全くこの男は……と思いながら、ギルベルトが口を開いた。
「いや、あの時はその……やり過ぎたな……俺……」
 タンネンベルクの戦いの時である。トーリスにナイフを突き付けられ、騎士の基本を説かれた。もう既に数百年が経っているが、あの日の屈辱、ギルベルトは決して忘れていない。
 でも、やはり、自分は欲に目が眩んでいたと、そう思うしかなかった。実際、それが事実だし。
「いいよー。俺、気にしてないし……それに、ドイツ騎士団はもういないしー。いるのはプロイセンだけだしー」
「そっか……」
「俺も気にしてないよ。戦争だから仕方ないよね」
 フェリクスとトーリスは、もうギルベルトのことを許しているようだった。
「そうそう。目の前にいるのは、ヘタレのプロイセンだけだしー」
 ギルベルトは、腹を抱えて笑うフェリクスの頭上にチョップした。
「痛いしー」と、フェリクスは涙声になっている。
「じゃあ、俺は帰る。邪魔したな、東欧コンビ!」
 ゲ―ム機をフェリクスに返すと、ギルベルトは格好つけて、勢いよく部屋の扉を閉めた。ははははは、と哄笑しながら。
 とても爽快な気分だった。

後書き
ギルベルトのターンでまるまる一話分使ってしまったよ……。

10へ→
BACK/HOME