OVER THE TROUBLE ~組織壊滅編本編~ 8

「え? 人間兵器……?」
 アーサーは、一瞬言葉を失ったようだった。
「それって……ガセじゃなかったのか……」
「ああ。私達は若い頃、K国で軟禁生活を送っていたからな」
「もう何十年以上も前の話だよな」
 マジックの台詞に、ハーレムが付け足した。
「ということは、K国の秘密とかも知ってる?」
 アルフレッドがおそるおそる、という風に尋ねた。
「ああ。K国のことなら、裏の裏まで知ってるよ」
「ジーザス……!」
 アルフレッドが立ち上がり、遠い目であらぬ方を見ていた。
「これは天の助けだぞ!」
「やっぱり、悪魔崇拝なんかもしてるのか?」
 アーサーの質問にマジックは、
「してる」
 と、簡潔に答えた。イギリスでも行われていることなのだが。
「K国の秘密を掴めたんだ。わざわざ日本まで来た甲斐があったな」
 ギルベルトはルートヴィヒの肩を叩いた。ルートヴィヒはしかめ面をした。
 ――その中で、ジョン・スミスは一人浮かない顔をしていた。
「どうしました? ジョンさん……ああ、ジョンさんは二人いましたね。――ジョン・スミスさん」
「――俺?」
 菊が話しかけると、ジョン・スミスは耀とイ・ヨンスを指差した。
「ヨンスの野郎が、耀さんに言い寄ってるんで、面白くないだけだよ」
 見ると、イ・ヨンスは、耀にべったりくっついている。
「離れるある! 鬱陶しいある!」
 と言われながら。
「そうですか……」
 一旦は納得して引き下がりながらも、菊は、何となく釈然としない思いを抱いた。
 ――ジョン・スミスの様子が変だ。どこがどうとは言えないが。
「じゃあ、俺帰る。いいか。絶対に戦争はごめんだからな」
 もう一人のジョン――ジョン・フォレストがそう言い残して会議室の扉を開けた。
「何しに来たんだ? あいつ」
 ハーレムが呟いた。見ていた書類をばさっと机の上に投げた。
 日は落ちかかろうとしていた。

「疲れませんでした? フランシスさん」
 狭い団員寮の二人部屋で、マシューはフランシスに声をかけた。
「ああ……心配しなくても、お兄さん大丈夫。ありがとな」
 マシューは、壁際に飾ってある花に目をやった後、フランシスに視線を戻した。
「フランシスさん、あの……」
「いつもだったら、即行手を出してるところなんだけど」
 フランシスは薄く笑った。
「なんだろな。そんな気になれないよ」
「フランシスさん……」
 開いた窓から夜風が入る。夜だからなのだろうか。だいぶ涼しくなった。カーテンがはたはたとはためく。
 マシューは、正直ほっとしていた。だが、フランシスの様子は気になる。
「何かあったんですか?」
「何かあっただと?」
 ベッドで腰かけていたフランシスが、怖い目でマシューを睨んだ。
「おまえさん、命狙われてんだぜ。人の心配してる場合じゃないんじゃないか?」
「僕のことは構いませんが、国民のことは気になります。――フランシスさんに対するのと、同じくらい」
 マシューは、クマ二郎のことを思い出した。
(クマ吾郎さん、元気かな)
 何度も言うようだが、クマ二郎である。
「そうだよ……おまえさんが死んだら、カナダの国民はどうするよ。それに俺達、まだ一回もベッドを共にしてないじゃないか」
「えっ?!」
 ドキッとしたように、マシューがフランシスの方を見た。
「なんでおまえなんだ……」
「フランシスさん……」
 マシューはフランシスの隣に腰を下ろした。
「僕だって、辛いです……それに……僕だって恐ろしいです」
「K国に行くのがか?」
「それもありますけど――」
 あなたを失うのが。
 マシューは思った。フランシスは、死なない――そう思いたいが、万一ということもある。
「マシュー、俺は、死なない」
 マシューの心を読んだように、フランシスはすぐ横のマシューの手を握った。
「だからおまえも、死ぬな」
 フランシスの目は、真剣だった。
 マシューはそれを見て、ふっと視線を外した。
「なんでそんなに僕に構うんです? 最近まで、見分けがつかないとか言ってたじゃないですか」
 所詮、僕なんかアーサーの身代わりなんだ――そう言いかけた時だった。
「んっ」
 唇にキスの感触。フランシスの顔が間近にあった。
「昔の話だ。今は今。俺は――おまえを恋人にしたいと思ってる」
「でも、僕、自信ありません」
「何を言う! おまえでなくちゃダメなんだ。おまえでなくちゃ……」
 フランシスは、マシューの肩に顔を埋めた。
「フランシスさん……」
「もう寝よう。このままだと、お兄さん、狼になっちゃう」
 フランシスの冗談に、マシューがふっと笑った。フランシスが顔を上げた。
「わかりました。――手を離してください」
「……悪い」
 互いにおやすみを言うと、別々のベッドで眠った。

 マシューは、ピンク色の靄の中にいた。
「ここは……」
「マシュー」
 その声は――。
「ジョーンズ!」
「やあ、また会ったね」
「君に会えて嬉しいよ! でも、なんでこんなところにいるの?」
「ここは君の夢の中だよ。ここでは、僕は君と自由に話せるみたいだ」
「場所は変わってるけど……」
「マシュー……僕は、場所のことまでは知らないよ。いくら人語を話すドラゴンでも、わからないことはいっぱいあるのさ」
「ふぅん……」
「ちょうど良かった。君を乗せてあげるよ」
「ほんとかい?」
「うん。君を乗せるのが僕の夢だったんだ」
 場面はいつの間にか変化していた。下に広がるのは、綺麗な街だった。ジョーンズの背中に乗りながら、マシューはうっとりと眺めていた。

後書き
フランス兄さん、キスだけでしたね。マシューのことを大切にしたいからでしょうか。

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