OVER THE TROUBLE ~組織壊滅編本編~ 5 「マシュー、マシュー」 声がしたが、人はいない。 「マシュー、こっちだよ」 マシューは振り返った。大きなドラゴンが、優しい目をしてこっちを見ていた。 「僕だよ。ジョーンズだよ。君のおかげで、人間の言葉が話せるようになったよ」 「え? 何言って……」 その時、ガクンとなって、彼は目が覚めた。 「大丈夫かい?」 そう言ったのは、アルフレッドの懐かしい声。 今、アルフレッドの自家用機の中だ。 トーリスとフェリクスが寄り添うように眠っている。 K国が絡んでいるとなると放ってはおけない――これが、マジックの答えだった。 グンマがまた電話をかけてきて、迎えに来ると言っていたが、菊との押し問答の上、菊が勝った。 「ガンマ団にこれ以上負担をかけることはできません」――菊は、グンマにそう伝えた。グンマ相手なら、菊もちゃんと自分の意志を通すことができるらしい。 「また寝ときなよ」 「うん……」 隣のアルフレッドの言葉に、マシューは頷いた。 「フランシスは残念だったね」 フランシスはマシューの隣ではない。後ろだ。 「マシューに変なことするなよ、アルフレッド」 と釘をさしたのは可笑しかった。 アルフレッドには、アーサーという恋人がいる。しかも、アルフレッドの方が惚れている状態なのだ。 そのアルフレッドが、自分に手を出すなんて有り得ない。マシューはそう思っていた。 それに、今は、アルフレッドもいつも通り、友達として振る舞っていた。 まぁ、フランシスの言ったことは、冗談だったのだろう。 「アイマスク貸してやるから、寝るんだぞ。体力は温存しておかなけりゃあ」 アルフレッドは、荷物の中から黒い布を取り出した。 「うん……ありがと」 マシューは、アルフレッドの言葉に従うことにした。 イ・ヨンスや王耀も、熟睡している。今、この機はジョン・スミスが運転していた。 普段、あんなにうるさい連中が集まっているのに、今はやけに静かだ。 会議に出ていたメンバーは、全員この機に乗っている。 途中でトーリスとフェリクスを拾って、日本に向かう――これが、菊の考えたルートだ。そして、この機は日本着々と近付いている。 「ねぇ、アルフレッド」 アイマスクをしたマシューが口を開いた。 「なんだい?」 「君も残念だったね」 「何が?」 「アーサーの隣でなくて」 「なっ……そんな、そんなこと、全然、平気なんだぞ」 アルフレッドは動揺している。 「俺達は、そのう……そんなことで縁が切れたりしないんだぞ」 「うん、そうだね」 「よけいなこと考えないで、寝るんだぞ」 「うん……」 マシューは、安心してすーっと寝入った。夢は見なかった。 アルフレッド達の機は、日本にあるアメリカ専用の広々とした飛行場に降り立った。 建物内に入ると、そこの電話が鳴った。アルフレッドは面白くもなさそうに菊に取り次いだ。 「はい、もしもし――本田ですが……え? ギリシャ大使館……? え?」 菊の顔がぱっと明るくなった。 「ヘラクレスさん? ヘラクレスさんなんですか? ……ええ、ええ。確かに帰っておりますが」 「な、何の話ですか?」 上機嫌そうな菊の様子に、マシューはこそっとアルフレッドに訊いた。アルフレッドは苦虫を噛み潰したような顔になった。 「ヘラクレスの大馬鹿野郎が日本に来ているらしいんだぞ」 アルフレッドも小声で言う。 「それで、何で菊さんがあんなに嬉しそうなんですか?」 「君も鈍いんだぞ。恋人同士だからに決まっているじゃないか」 「ええっ?!」 マシューはつい大きな声を出してしまった。驚愕の事実であった。 「ヘラクレスはあまり好きではないが、菊の好みには口を挟めないんだぞ」 君だってあんな眉毛を……とマシューは喉まで出かかったが、怒られそうなのでやめておいた。尤も、アルフレッドはいつもアーサーに悪態を吐いたり、喧嘩したりしているのではあるが、自分以外の人間がそんなことをしたら、面白くないだろう。怒るかもしれない。 少し見てみたいような気がするけど、マシューはそれを実行するほど馬鹿ではなかった。 「じゃ、アーサーでもからかいに行ってくるよ」 アルフレッドはマシューのそばを離れた。 彼らはちょっとした大所帯であった。その上にトーリス(リトアニア)、フェリクス(ポーランド)も加わっている。 「こんなに来るなんて、思ってもみなかったな」 だらっとした格好でギルベルトが言った。 「当たり前ですよ、お馬鹿さん。友邦が危機に陥ったら、助けるのが当たり前でしょう?」 「でも、おまえ、使えねぇし」 「な……何を! この馬鹿馬鹿お馬鹿!」 「ローデリヒさんを苛めないで!」 エリザベータも参戦して、三つ巴になった。 「耀さん。俺、ここ何度も使ってますからね。案内しますよ」 「俺もついて行くんだぜ」 「あんたはいらないよ」 「俺だっておまえなんかいらないんだぜ」 イ・ヨンスとジョン・スミスの二人に挟まれて、王耀は大きな溜息を吐いた。 「また言ってるあるか。おまえら……」 「ねぇ、フェリクス。ここ温かいね」 「暑いくらいだよ」 「ロヴィーノぉ~! ジュース買ってきたでぇ~」 「おう」 ここには、円の両替所もあるのだ。 「アントー二ヨ。どこで売ってた」 「あれ? ルート。あんたもフェリシアーノに買ってくるんか?」 あっちでもこっちでも恋模様が繰り広げられている。 恋人同士(でもない人達もいるけど)の熱気にあてられたマシューは、少し頭がくらくらしてきた。 「おっと。大丈夫か? マシュー」 「フランシスさん……」 「おおかた、あいつらが発散している恋の熱にやられたんだろ。お兄さんでよければ、介抱してあげるけど」 「いえ……大丈夫です」 「そうか……気分悪くなってきたら言いな。お兄さんが慰めてあげる」 そして、フランシスはマシューの隣に座った。それだけで、なんだか落ち着く感じがした。 (フランシスさん、優しいな……) アルフレッドとアーサーが痴話喧嘩を始めた。原因は不明だが、どうせ大したことではあるまい。 イヴァンは独りのようだが、ちっともこたえてないらしい。さくさくと持ってきたお菓子を食べている。 (やっぱり強いなぁ、イヴァンさん。この状況でもマイペースで) それでも、噂によれば、イヴァンにも苦手があるらしい。妹のナターリヤだ。 どこかから、「兄さん……」と言うおどろおどろした声が聞こえたような気がしたけど、多分、気のせいだ。うん、気のせいだ。 後書き ナターリヤは声だけの出現です。思いの他、長くなってしまいました。 本当はこの話でグンマ登場と行きたかったのですが。 6へ→ |