OVER THE TROUBLE ~組織壊滅編本編~ 18

 長い黒髪の女性が、こっちを向いて笑っている。
(アポロ―ニャ……)
 ジョン・スミスは、心の中で愛しい相手の名前を呼んだ。
 アポロ―ニャは言った。
「大好きよ、愛してるわ。私の――」
 そこで、ジョン・スミスの目が覚めた。目覚まし時計に叩き起こされてである。
 王耀とイ・ヨンスはまだ眠っている。
「暢気なものだな。ったく」
 K国のスパイである自分にこれほどまで無防備な姿をさらすとは――。それとも、このジョン・スミスを信頼してのことなのか。
(ジョン・スミスは偽の名前なんだ。ごめんね、耀さん。騙していて)
 そして、耀の額にキスを落とす。
「あーっ! 今、おまえ兄貴に不埒なことしたんだぜ。俺の兄貴に!」
 イ・ヨンスが、がばっと起き上って叫ぶ。
「何だ。今まで寝てたと思ったら」
「兄貴の操は渡さないんだぜ」
「わかったわかった」
 ジョン・スミスはヨンスを落ち着かせようとした。
「悔しいから俺も兄貴にキスするんだぜ」
 ヨンスは、耀の唇に唇を近付ける。すると――
「何あるか!」
 耀が怒鳴った。
「だって、こいつが兄貴にキスしたんだぜ」
「証拠は?」
 ジョン・スミスが言うと、ヨンスが詰まった。
「でも、額にキスしていたんだぜ。あれは――」
「ああ。耀さんがあまりに素敵だったから」
 ジョン・スミスはしれっと嘘をつく。この辺はさすがスパイである。
「もう兄貴に変なことするんじゃないんだぜ」
 ヨンスがぽこぽこと怒っている。
「それは、おまえにも言えることあるよ」
 自分のことはよく見えないものだ。耀が呆れながら口にした。

「ルーザー……」
 飛行船は着々と目的地に向かっている。
 もうすぐだ、もうすぐ――。
 マジックは、キンタローによく似た白皙の美貌の青年が映っている写真を見ていた。
 青の四兄弟の次男で、キンタローの父である――ルーザー。彼が死んでから、かれこれ二十五年以上は経っている。
「私達の未来の為に、後顧の憂いを断つ」
 マジックは決意を新たにした。

 ヘラクレスは、思う存分、菊と乳繰り合いができて満足な朝を迎えた。
「菊。良かった」
「私もです。ヘラクレスさん」
 二人は手を繋ぎ合いながら、さっきまでの余韻に浸っていた。
 そこへ、携帯が鳴った。菊が改良した薄い小型の携帯である。
「はい、もしもし――」
「菊はいるか?」
 その声を聞いた途端、ヘラクレスは電話を切りたくなった。彼とはあまり仲の良い男、サディク・アドナンである。似合わない仮面して――といつもヘラクレスは思っている。
「菊は、俺と一緒にいる」
「やはりな……」
 サディクは、不機嫌な響きを隠しきれない。
「やい! てめぇ菊に何してやがったんでい!」
「いいこと」
「何だと?!」
 面倒臭いからもう切ることにする。
「どなたからですか?」
「ん。間違い電話」
 ヘラクレスは簡潔に答えた。

 飛行船はガンマ団本部に着いた。
 総帥服のシンタロー達が長い髪を靡かせて堂々と外に立っていた。ジャンもいる。
 事情を知らない者から見れば、シンタローとジャンは双子じゃないかと勘違いしそうである。それほどまでに、よく似ていた。
 マジック達一行は飛行船を降りた。
「サービス!」
 そう叫んで、ジャンは相手に抱きつこうとする。が。
 サービスはあっさり避けた。
「おいおい。そりゃないだろう。せっかくの久々の再会だって言うのによぉ」
「鬱陶しい」
 サービスはジャンの文句を一言で片付けた。それでもこの二人は親友なのである。それは第三者からはうかがい知れないものである。
 ジャンはめげない。それが取り柄だ。すぐに起き上って、たしたしと元の場所へ走って行く。
「おーい。高松。グンマとキンタロー達が来たぜ」
 ジャンが知らせると、たった今本部の厳めしい建物から姿を現した、グンマとキンタロー二人の世話役を自認するドクター高松が鼻血を吹きながらやってきた。
「グンマ様! キンタロー様! ご無事で」
「オーバーだよ。高松」
 それでも、何となくくすぐったそうなグンマであった。
「シンタロー……連絡は届いているな」
 キンタローは高松の鼻血まみれになりながら、それでも平常心を崩さない。
「ああ。K国のことだろ? バックアップは俺達にまかしといてくれ」
「マジック……とうとう来たんだな」
 ジョン・フォレストがいた。
「戦争は反対だって言ったのに」
「一族の未来がかかっているんだ」
 マジックが不機嫌そうに答える。
「一族の未来、ね。その為にK国を叩くというのか。その秘石眼で」
「悪いか」
「悪い」
 間髪を入れずにジョン・フォレストが応答したので、マジックはふっと笑った。
「さぁ、みんな。疲れただろう。少し休んで行ってくれよ」
「ありがとう。シンちゃんは優しいね」
「おめぇに言ってんじゃねぇよ。親父」
 シンタローはマジックに反抗する。
「シンちゃん。一緒にお風呂に入ろう」
「い・や・だ。俺ももういい年なんだから」
 ガンマ団現総帥と元総帥が、一緒にお風呂に入るか入らないかで言い争っている。
 それがおかしくて、みんな笑ってしまった。
「ほら、恥ずかしいだろ。俺達馬鹿にされてるんだぜ」
「そんなことないぞ。俺だってアーサーとバスに入りたいんだぞ」
 ちなみに、この場合のバスは、車のバスではない。
「バカ野郎」
 と小さく溜息をついたアーサーは、頬に朱を散らしていた。

後書き
ヘラ菊好きです。サディクが不憫な役回り。

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