OVER THE TROUBLE ~組織壊滅編本編~ 15 「アルフレッドさん、ちょっといいですか?」 菊がアルフレッドを呼び止めた。 「いいけど、何だい?」 ポケットに手をつっこんだままのアルフレッドは、暢気に返す。周りには誰もいなかった。だが――。 「ちょっと二人きりで話がしたいんです」 「わかった」 菊の言葉に、アルフレッドは頷く。 「この部屋、誰も使っていないようですから、ちょっとお借りしましょう」 「そんなに大事な話なのかい?」 「私には重要だと思われます」 充分な広さのある室内にアルフレッドを招じ入れると、菊は鍵をかけた。 「何だか大袈裟だなぁ」 「用心するに越したことはありませんからね」 「なんか、大統領と同じようなこと言ってるんだぞ」 アルフレッドが笑う。が、次の菊の言葉で、彼の笑顔が凍りついた。 「アルフレッドさん……ジョン・スミスさんは、本当に信じられる人でしょうか?」 『おまえの仲間達は、みな、本当に信用がおける奴ら・か?』 アルフレッドの脳内で、大統領の台詞がフラッシュバックする。 『くれぐれも、よそ者には気をつけるんだ・ぜ』 ――とも。 「菊! ジョン・スミスはいい奴なんだぞ」 アルフレッドが叫んだ。最後は悲鳴に近かった。 「そりゃ、『悪い人』と看板をつけたようなスパイは滅多にいませんよ。ハーレムさんのような偽悪者は別として」 「でも――でも――」 じゃあ、大統領が言いたかったのは、『ジョン・スミスに気をつけろ』ということだったのか? 思い当ることはある。 だが。だが! 「ジョン・スミスは有能なんだぞ。ああ見えても」 「それはわかります」 「君の言いたいのは、ジョン・スミスがダブル・スパイだってことかい? 考え過ぎなんだぞ。君も――大統領も」 「少し声を落としてください」 菊が注意した。 「ただ、ちょっと気になっただけです。それに、K国のスパイは、我々の中にいるかもしれませんよ」 菊は、懐に入れておいたK国の団員票を取り出した。 「私が拾ったものです」 「これは――K国の」 アルフレッドは緊張して、唾を飲み込んだ。 「あの荒野には我々と青の一族しかいませんでした。私は――ジョン・スミスが怪しいと思っています」 「青の一族の物かもしれないんだぞ」 「確かに。否定はできませんが」 「青の一族は、K国の人間兵器だったんだぞ。団員票ぐらい、持っていてもおかしくはないんだぞ」 「憎んでいる国の団員票を後生大事に持っているんですか? それは、まぁ、有り得なくはないですが」 「菊も大統領も変なんだぞ。ジョン・スミスを疑うなんて」 「ジョン・スミスなんて、いかにも偽名でしょう」 「当たり前なんだぞ。彼は我がアメリカ合衆国のスパイなんだから」 「スパイらしくないスパイですが、まぁいいでしょう。そこまで言うからには、ジョン・スミスの本名を知っているんでしょうね」 「ジョン・スミスの……本名?」 アルフレッドはぐっと詰まった。 「そうです。ジョン・スミスの本名」 「し……知らない……けど、ジョン・スミスは俺達を裏切るなんてこと、しないんだぞ」 「保証はありますか?」 「ある!」 アルフレッドは断言した。 「彼は、耀に惚れてるんだ」 「それが保証?」 「そうなんだぞ。愛の為なら男は何だってするんだぞ。または、しないというべきか。まして、耀の心を傷つけるようなこと、あの男はしないんだぞ」 「映画の見過ぎですね。さすがスティーブン・スピルバーグやディ○ニーを愛する国民なだけありますよ」 「スピルバーグやディ○二ーを馬鹿にすると許さないんだぞ。君達だって、マンガを読んで喜んでるじゃないか!」 「――話が逸れましたね。つまり私は、この計画から――」 「もういいんだぞ。これ以上ジョン・スミスのことを悪く言うなら、君との関係もこれまでなんだぞ!」 そう言って、アルフレッドは鍵を開け、憤然と部屋を出て行った。 その頃。会議室のすぐ外にて。 (おかしいな――やっぱりない) 喉が渇いて缶コーヒーを飲んだ為、戻るのが遅くなったジョン・スミスは、団員票を失くしたことに気がついていた。 (アルフレッドの馬鹿やヨンスのアホに拾われたところでどうってことないが――もし本田菊辺りに気取られていたら、面倒だな) 「ジョン・スミスくん。入らないのかね?」 会議室から顔を出したマジックが言う。 「あ、はい。今行きます」 そう言いながらもジョン・スミスはぼんやりと――どうしたものかな、などと考えていた。 王耀とイ・ヨンスが廊下に出てきた。 「おい、ジョン」 「――何だよ、ヨンス」 「どうしたんだぜ。元気ないんだぜ」 「おまえには関係ないからあっち行けよ」 「兄貴も心配するんだぜ」 「う……」 耀のことを言われると、ジョン・スミスも弱い。いつしかジョン・スミスは、本当に王耀に心惹かれるようになっていた。 最初は、あの人に似ているから気になっていた。それだけだったのだが。 「ほら。コチュジャンやるから、元気出すんだぜ」 「……サンキュー」 アホだが、悪い奴ではない。 ジョン・スミスは、ヨンスを見直した。 こいつらと、ずっと馬鹿やっていられれば、どんなに良かったか。 ヨンスと耀を取り合ったり、アメリカの為にいつか本当に役立つスパイになろうと誓ったり。 そうできれば、良かったのに……。 昔だったら泣くところだったが、今はジョン・スミスも立派なスパイである。感情のコントロールの仕方も心得ている。 「ま、毒が入ってなければいいがな」 「そんな姑息なことはしないんだぜ」 ジョン・スミスが言うことに、ヨンスは反駁する。 「大丈夫あるか? スミス」 「もうすっかり元気ですよ! 耀さん! ほら、この通り」 耀にはいい顔をするジョン・スミスは意味なく体操したりし始めた。 「あ、アルフレッドある」 耀はジョン・スミスからアルフレッドに気持ちが逸れたようである。アルフレッドは怒っているようだった。 「機嫌悪そうあるな。何かあったあるか?」 「別に――何もないよ」 「そう言えば、菊はどうしたんだぜ?」 「知らないよ」 イ・ヨンスの疑問に答えたアルフレッドの台詞には怒気が籠っていた。 後書き すっかりアメリカ二人衆にお株を取られたマシュー……。一応主人公のはずなのに。 なお、時間の流れが多少おかしいのはツッコミナッシングで! 16へ→ |