OVER THE TROUBLE ~組織壊滅編本編~ 11

(なんでしょうね、これ……)
 日の光を受けてきらりと光った金属片が、菊の注意をひいた。菊はそれを拾い上げる。
(…………?!)
 なんとこれは! K国軍部の団員票ではないか!
 何故、こんなところにこれが落ちているのだろう。
 K国の団員票は、世界中を飛び回っている友人(スパイだが)に見せてもらったことがある。確か、金でできているのだ。いつでも換金できるように。
 そして、独特のデザイン。菊は記憶力はいいので、忘れるはずがない。
 表には文字が書かれてある。
『アポロ―ニャ・バビロニア』
(一体、これは誰の……?!)
「おーい、菊、置いてくぞー」
 アルフレッドの言葉に、
「あ、はい」
 と適当に答えて、団員票をポケットに慌てて突っ込む。
(私達のではもちろんありませんし、青の一族のものだということも……。可能性はゼロとは言えませんが。けど)
 青の一族に、アポローニャなんて変わった名前の男はいない。偽名を使っていなければの話だが。
 青の一族が、敵の団員票を持っているということ。それはないとは言えない。
 だが――菊はそれよりも、もっと有り得そうなことに思い当った。
(怪しい人……この中でたった一人のよそ者。それはきっと……)
 相変わらずヨンスと耀の取り合いをしている男に疑いの視線を向ける。
 視線の先には――ジョン・スミスがいた。

 ハーレムとサービスは、ガンマ団への道を並んで歩いていた。ハーレムの顔にはいつもの覇気がない。
「どうした? ハーレム」
 サービスが優しいテノールの声で訊いた。
「別に……」
「リカードのこと、まだ忘れてないのか?」
「――まぁな」
「道理で、ふっきれない顔をしていたわけだ」
 ハーレムは、黙って歩いた。しかし――坂道にさしかかろうとした時、おもむろに口を開いた。
「K国とは、戦争になるのかな」
「それはマシューくん達次第だね。平和裡にことが収まれば、それでいいさ」
「そうだな……」
「なんだか調子が狂うな。いつものおまえだと、戦争になれば、もっと陽気に騒いでいるのに」
「やはり、あんな国でも故郷だからな」
「そうか……」
 アーサーが無言で後ろからついてきている。彼はその二人の話を、さっきから聞くともなく聞いていた。
「アーサーさん。ハーレムを宜しく頼む」
 そう言い置いて、サービスは早足でそこを去って行った。速やかに、鮮やかに彼は姿を消した。

 アーサーは立ち止まったまま舌を巻いた。サービス。あの男、華奢だが、なかなか脚力があるではないか。
 感心していると、
「おい」
 とハーレムに声をかけられた。
「ああ。ハーレム」
 アーサーは返事をして、振り向きざまにこう言った。
「――おまえ、戦争好きなんだろ? 見るからに好戦的な顔してるもんな」
「たりめーだ。だからこそ、特戦部隊なんていう輝かしい戦闘部隊をまとめあげてることができるんだ」
「――違いない」
 アーサーは頷いた。そして、続けて訊いた。
「じゃあ、どうしてそんな嫌そうな顔してるんだ?」
「――そうだな」
 ハーレムは遠い目をしながら、もう一度呟いた。
「どうしてだろうな」
「K国に、大切な人でもいるのか?」
 アーサーの問いに、
「昔はいた。今は――いない」
 とハーレムは答えた。
「リカードって誰だ?」
「――聞いてたのか」
「別段聞きたくはなかったがな」
「俺の――友達――だった。もう、何十年も前に――死んだがな」
 ハーレムは途切れ途切れに言った。
「……本当はK国とだけは、戦いたくないぜ……マジック兄貴の嫁もK国の人間だしな」
「K国とは、繋がりが深いんだな」
「ああ。さっきはサービスにはああ言ったが……リカードの愛銃も、まだ持ってる」
 未練がましいよな、とハーレムは自嘲した。
「そんなことない!」
 アーサーが叫んだ。
「俺だって……大切な者を亡くしたことはある。それを忘れずに覚えているのが、俺の役目だと、思う」
「そういえば、おまえは国だったな。俺よりずっと長生きしてるとか言う」
「ああ。大切な人間ができたこともある。でも、必ずみんな俺を置いていくんだ……」
 アーサーが、複雑そうに遠くを見遣る。死んだと聞かされた者、この手でみとった者――。
 彼には、そんな彼らの姿が見えるようだった。
 そして、目の前のハーレムも、いつかは死ぬ。
「人間相手の時は――情が移ってはいけないんだ」
「だから、国同士で固まっているってわけか」
 国同士の結束は固い。多かれ少なかれ、同じような道を歩んできた者達ばかりだからだ。
「長生きしたいヤツは羨ましがるだろうけど――俺は太く長く生きたい。『国』でなくて、人間として生まれてきて、よかったと思ってるよ」
 正式に言えば、青の一族であるハーレムも、普通の人間とは違うわけだが――それでもやはり人間だ。
「ジャンのアホが、サービスに永遠の美貌を贈りたいと思っているらしいがな」
 ハーレムは肩を震わせて笑った。獅子のたてがみを思わせる長い髪が、微かに動く。
「俺は、早死にしてもいいから、好きなことをして生きたい」
 アーサーは、またも、頷く。自分が人間であったら、そう思うであろうことだ。
「ジャンはアホだが、サービスを幸せにしてくれてると信じている」
 本人には言えんがな。ハーレムがこっそり囁いた。
「おまえ――おまえの恋人も国なんだろう?」
「――関係ねぇだろ」
「その恋人というのは――アルフレッドだな」
 ハーレムに指摘されて、ぼんっと頭が爆発しそうな気が、アーサーはした。
「な……な……何故それを……」
「図星か」
 ハーレムがにやりと笑った。
「あいつ自身が言ってたし――それに目がな、ジャンがサービスを見る時と同じような目だった」
「アルのヤツ……」
 アーサーは照れた。しかし、嬉しくないこともなかった。
「後でシメてやる」
 てれ隠しにそう言った。
「どっちかっていうと、アルフレッドの方が力はありそうな気がするがな――おまえ、貧弱だもんな」
 貧弱じゃねぇよ、ばかぁ、とアーサーはぽこぽこと怒った。けれど、ほんの少しだが、ハーレムに対する好意も芽生えていた。

後書き
やっぱりマシューの出番がない……。

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