OVER THE TROUBLE ~組織壊滅編本編~ 1

「さー、とうとう追い詰めたぜ。『赤い三月』のボスさんよ」
「兄さん、何もすごまなくても……」
 威圧感のある二人組。ギルベルトと、『ヴェスト』と呼ばれるルートヴィヒである。
 相手方のボスは、がっくりと肩を落とした。
「わかった……その代わり、自分の部屋に別れを告げる時間をくれ」
「おう、いいとも。そのぐらいの憐れみはかけてやらぁ」
 ギルベルトが偉そうにふんぞり返った。
「悪いが、出て行ってくれないか」
「少しの間だけだぞ」
 ギルベルトとルートヴィヒが出て行った。
 ルートヴィヒには、一抹の不安があった。
『赤い三月』のボスの顔。何かを決心していたようだった。
 捕まる覚悟ができた。そんなことだったらいいのだが――。
(どうもそれとも違うみたいだ)
 それをギルベルトに告げようかどうか迷った時――
 パンッ!
 銃声が聞こえた。
 二人は部屋に飛び込んだ。
「うっ……」
 ギルベルトは呻いた。死体は見慣れたもののはずであるが。
『赤い三月』のボスは――銃で口の中を撃ち抜いて自殺していた。

「うーん……」
「どうした? 兄さん」
「おっかしいよなぁ」
「何が?」
「何で自殺したかだよ。裁判にかけられて死刑になるよりゃマシだと思ったのかな?」
「多分な」
 ルートヴィヒは溜息を吐いた。ギルベルトが引き継いだ。
「しかし、お上にも慈悲はあるぞ。そりゃ、マシューをさらったのは許せんが……」
「あいつらは、たくさん人を殺してるぞ。兄さん」
「しかしなぁ……あいつに死なれると、全ては闇の中だぜ――」
 ギルベルトはあごに手を当てて、考え込んだ。
「あーっ!!」
「な、なんだよ、兄さん」
「ヴェスト、今すぐ本国に連絡だ!」
「どうして……」
「きっとこれは、バックに何か大物がいるに違いない! モサドかKGBかネオナチか!」
「KGBはもうないだろう……ソ連が解体されたんだから」
「残党がいるだろうがよ。ロシアのデカブツにも訊いてみろ」
「やれやれ……」
 人使いの荒いギルベルトに、少し呆れながら、ルートヴィヒはドイツ本国のスパイに連絡した。携帯ではなく、菊が開発した高性能の通信機でである。およそ圏外ということは、まずない。
「あ、それから……」
 ギルベルトは付け足した。
「アーサーのアホにも繋いでみな」

 マシューは、夢を見ていた。
 小さな、奇妙な生き物だった。まだ子供みたいだ。怪我をしている。
「可哀想に……」
 マシューはその生き物を撫で、応急キットで手当てをした。その生き物は喜んだらしく、「キュー」と鳴いた。
「名前をつけなくちゃね」
 マシューは少しの間、頭を悩ませた。が、やがて言った。
「君の名前はジョーンズだ。僕の友達から取ったんだよ」
「キュー」
 ジョーンズは、また嬉しそうに鳴いた。
「可愛いな。よしよし。食べ物をあげるよ」
 ジョーンズは、旺盛な食欲で、マシューの差し出した食物を全部平らげてしまった。
「キューッ! キュッキューッ!」
「あはは。もうないよ」
「キューッ!」
「食いしんぼなところは、アルにそっくりだな。あ、見て」
 マシューは、目の前にある赤い実のなっている木を指差した。
「あそこから、木の実を取って来るね」
「キュー……」
「大丈夫。そんな心配そうな声出さなくても」
 マシューはふわりと笑った。
 彼は、木に足をかけ、登り始めた。木登りは得意とは言えないが、このぐらいの高さの木なら、何とかなるだろう。
 木の実に手を伸ばす。もう少し、あと少し……。
(取れたッ!)
 マシューは赤い実をもぎとった。その時――油断したのであろう。マシューは、足を滑らせた。
(う、うわあああああッ!)
 悲鳴も出せなかった。
 ガクンッ!と衝撃らしいものが体に走り、ばさっと足が宙を蹴る。
 マシューは、そこがベッドの上であることを知る。
「こ、ここは……」
「おー、お目覚めか、お姫様」
 フランシスが、薔薇の花束を抱えて、空になっていた花瓶に生けた。
「フランシスさん……」
 変な夢見たんです……そう言おうとした。
 けれど、どんな夢を見たんだっけ――動物が出て来たのは覚えてる。奇妙な生物だってことも。けれど――。
(なんて言ったかなぁ……あの子)
 友達の名前をつけたような気がしたが、それも忘れてしまった。
 記憶に残っているのは、見たこともないような、珍しい生物だってこと。
(ああ、そういえば僕、高いところから落ちたんだっけ……)
「くっ、くくく……はははははは」
 マシューは、どうしてかわからないが、笑いの発作に襲われた。
「おいおい。大丈夫か? マシュー」
「――はい、大丈夫です」
 フランシスに心配されて、マシューは笑いを止めようとした。が、くすくす笑いはどうしても抑えきれない。
(僕、確かあの子に名前つけたんだよな……)
 それは多分、フランシスではなかったと思う。
(なんだったっけかなぁ……)
 笑いを止めようとしながら、思い返す。
「ヴェー! 大丈夫? マシュー!」
 この声は――フェリシアーノだ。
「フェリシアーノさん……」
 そういえば、この男に伝えたいことがあったんだっけ。
「ありがとう」
「ヴェー。そんな……いいよ。お礼なんて。マシューが無事ならさ」
 マシューは、『赤い三月』のことは、もう忘れようと思った。だが、そのうち、そうも言っていられなくなるのである――。

後書き
ギルとルートの会話が、書いてて楽しかったです。
マシューとジョーンズの邂逅も。
『組織壊滅編』は、ちょっと長くなるかもしれないけれど、良かったらおつきあいくださいませ。
2010.7.23

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