楓ちゃんといっしょ ~ブルーローズ編~ 前編

 虎徹は久しぶりに実家に帰ることができる。車のハンドル捌きも軽い。
 なんたって、今日は愛娘の楓に会うことができるのだ。
 虎徹の頭の中にはそれしかなかったが、バーナビーとブルーローズは後部座席で火花を散らしていた。
 助手席は楓へのお土産が占領していた。
 仕方なく、バーナビーも後部座席に座っていた。
 二人は虎徹を通しての恋敵同士だった。
 ブルーローズみたいな美少女を虎徹と取り合うバーナビーなら話はわかるが――。
 実際はブルーローズとバーナビーで虎徹のことを争っている。
 でも、虎徹はヒーローであるという以外は、単なるおじさんだ。しかも、全然何も勘づいていない。
「いやあ、それにしても悪いなぁ、バーナビーにブルーローズ。楓にこんなにプレゼントくれて」
「そ……そんなの、当たり前じゃない。それから、楓ちゃんの前では『ブルーローズ』って呼ばないで」
 ブルーローズも、ヒーローであることを隠している。虎徹と同じように。
「んじゃ、カリ―ナでいいか?」
 虎徹にとっては何気ない一言でも、ブルーローズ、いや、カリ―ナ・ライルにとっては、核爆弾級の衝撃があった。
「いいわよ。カリ―ナって、呼ばせてあげるわよ」
 今の彼女は、まるで恋する普通の女子高生だ。
 バーナビーは面白くなさそうに窓の外に目を遣った。
(本名で呼ばれるの、嬉しい……)
 たとえ、この夏休みが終わったら、『ブルーローズ』に戻るとしても。
(楓ちゃんてどんな子かしら)
 虎徹の娘だ。きっと優しくていい子だろう。
 バーナビーはこの間会ったと言う。カリ―ナは、ちら、とバーナビーを憎く思った。
 別段、バーナビーが嫌いな訳ではない。ただ、同じ人を好きになっただけ。
 鏑木・T・虎徹を好きになっただけ……。
 ぬいぐるみなどを用意したのは、決して楓の歓心を買おうと思った訳ではないが……いや、少しはそんな計算もあっただろうか。
 バーナビーも同じようなことを考えていたらしく、デパートの玩具売り場で会った時はばつの悪い思いをした。
 バーナビーも強くて、本当は優しい青年でもあるのだが、心を惹いたのは虎徹の方だった。
 虎徹のおかげで、ヒーローをやる意義を見出したのだ。
(ヒーローをやりながらでも歌は歌えるわ)
 カリ―ナは歌手希望だった。本当はヒーローなんてやりたくなかった。
 でも、ヒーローとしての仕事も本気でやろうと思うようになったのは……虎徹がいたから……。
 バーナビーはバディの特権を乱用しているように見える。
(タイガ―、アンタを好きなのは私だけじゃないわ)
 数日前、楓に会うという名目で虎徹の家に行く、と言ったら、
「僕も行きますよ。いつにします?」
 と、バーナビーが横合いから口を出したのだ。
「いいじゃないの。ハンサムは。この前行ったんだから」
「何を言うんです。僕は虎徹さんを守ろうと……」
「私だってタイガ―だってヒーローなんだから平気よ」
「楓ちゃんは僕のファンなんですよ。歓迎してくれると思いますがね」
 それを聞いた虎徹は、途端に苦虫を噛み潰したような顔をした。
(せっかく……タイガ―の家に行けると思ったのにな……)
 楓のことはいい。しかし、バーナビーははっきり言って邪魔だ。
(ハンサムなんて……いつも女の子にきゃあきゃあ言われてるくせに……)
 何でタイガ―みたいなおじさんが好きなんだろう。私もだけど。
 きっと、恋に理由なんてないのだろう。
 ハンサムのことは構わずに、私は私で楽しめばいいわ。楓ちゃんとの遊び相手にもなってあげる。
 それに……ハンサムはライバルだけど、嫌いじゃないのよ。ハンサムのおかげでタイガ―も変わった訳だし?
 まぁ、年中タイガ―にべったりなのはムカつくけど。
「……ーな、カリ―ナ」
「呼んでますよ」
 バーナビーがカリ―ナをつつく。
「俺のことも『虎徹』って呼んでくれよ。家族の前だけでいいからさ。俺、楓の前ではヒーローってこと明かしてないから」
「うん。わかった」
 そういえば、ハンサムも彼のことを『虎徹さん』って呼んでたっけ――とカリ―ナは思う。
 思わぬ僥倖で本名で呼び合うことになった。
「ねぇ、虎徹」
「いきなり呼び捨てかい」
「じゃあ……虎徹さん?」
「何だ?」
「いつ着くの?」
「もうすぐだ」
 本当にすぐだった。のどかな田舎町。オリエンタルタウン。
 派手できらめく街並みのシュテルンビルトとはだいぶ違う。
 だけど、シュテルンビルトは犯罪も多い。だからこそ、街を守る為に自分達ヒーローがいるわけだが。
「お父さん!」
「楓!」
 虎徹は楓を抱きしめる。
「痛いよ、お父さん」
「あ、すまん」
 虎徹が楓から離れる。
「バーナビー様も来てくれたんだ」
「やぁ、楓ちゃん」
 バーナビーがハンサムスマイルを浮かべる。
(よくやるわ……)
 彼の本性を知っているカリ―ナがそう思うのも無理はなかっただろう。
「そっちのお姉さんは?」
 楓がカリ―ナに気付いたらしい。
「あ、こいつは……カリ―ナ。カリ―ナ・ライル。お父さんの友達だ」
「カリ―ナさん?」
 楓ちゃんがぴょこん、とカリ―ナの前に出る。
(やっぱり可愛いわねぇ……)
 でも、虎徹には全然似てない。母親似なのだろうか。
「こんにちは。初めまして。鏑木楓と申します。いつも父がお世話になってます」
 楓が頭を下げた。可愛い。
「どうだ、うちの楓は賢いだろう」
 そう言って、虎徹がやに下がるのもわかるような気がする。
「あ、私はカリ―ナ・ライル。宜しく」
 カリ―ナは手を差し出した。楓もその手を取る。
「カリ―ナさん……どこかで見たことあるような……」
(ええっ?! 私、こんな田舎でも有名なの?! 素顔晒してないのに?!)
 カリ―ナはどぎまぎした。
「あーっ、そうそう。カリ―ナさん、ブルーローズに似てるんだ!」
 楓は興奮してぴょんぴょん跳ねた。
「え? あ、ブルーローズにね、よく言われるのよ。あはははは……」
 カリ―ナは誤魔化し笑いをした。
「楓。よっく見ろ! こいつには胸がないだろ! 胸が!」
「ちょっと虎徹! 強調することないでしょ!」
 少し本気になって怒ったカリ―ナは、『さん』づけを忘れていた。バーナビーが笑いを堪えている。
「何よ、ハンサム」
「虎徹さんがあまりにも事実そのものを言うので……」
 ふん! 胸がないからって馬鹿にしないでよね!

一旦、CM!
2011.12.21


後編へ→

BACK/HOME