楓ちゃんといっしょ ~ブルーローズ編~ 後編

「うーん、でも、やっぱりブルーローズに似てるなぁ……声とかさ」
 ぎくっ! この子、やっぱり賢い!
「さ、話はこれぐらいにして、家に入るぞ」
 虎徹がさり気なく話題を変えてくれた。
(サンキュー、タイガー)
 カリ―ナは心の中でお礼を言った。
「そうだね。行こう。バーナビー様。カリ―ナお姉ちゃん」
 楓は自然に『カリ―ナお姉ちゃん』と言った。
(本当はお母さん、と呼ばれたいんだけどな……)
 でも、カリ―ナはまだ結婚を考える年ではないし、そもそも虎徹の気持ちがわからない。
「お姉ちゃんて?」
「私、お兄ちゃんとかお姉ちゃんとか、欲しかったんだ。そう呼んで迷惑?」
「ちっともそんなことないわよ!」
「ほんと?! 嬉しい」
「私も楓ちゃんみたいな妹が欲しかったわ」
 カリ―ナは楓の喜ぶ顔を見て、心が和むのを覚えた。
(なるほど、タイガ―が夢中になるわけだわ)
 自然と笑みがこぼれる。
「あ、そうだ。私達、お土産持って来たの。ハンサム――バーナビーからのもあるわよ」
「ええっ?! バーナビー様から?!」
 その顔は、レジェンドの話をする時の虎徹の顔に似ていて、やはり親子だと思わされた。第一印象は似てないと思ったけど。
「はい、どうぞ。カリ―ナさんからのもありますので」
 バーナビーに本名を呼ばれると、何となく落ち着かない。底意がありそうで。偏見かもしれないけれど。
 それに、本名で呼んでくれと虎徹に頼んだのは自分なのだ。バーナビーにだけ禁ずるのは不公平かもしれない。
「母ちゃーん。今帰ったぞー」
「あら、虎徹、お帰りなさい」
「客も来るって連絡してあったよな」
「ええ。二人」
 楓と一緒にバーナビーとカリ―ナが入って来た。
「まぁまぁ、綺麗な娘さんだこと。アンタの彼女?」
「冗談言うなって、母ちゃん。二回りも年下なんだぜ」
「そう。冗談だよ」
 虎徹の母が笑った。
 冗談じゃなきゃいいんだけど――と、カリ―ナは一人もの思う。
「バーナビーもまた来てくれたんだねぇ」
「こんにちは。先日はお世話になりました。安寿さん」
 バーナビーは、自分より格上の者には敬語を使う。
「まぁ。こんなおばあちゃんの名前を覚えていてくれたんだねぇ。アンタはいい男だよ、バーナビー」
「いえ……」
「お茶でも出そうかねぇ」
「いえ……お構いなく」
「ねぇねぇ、おばあちゃん。私、買い物行ってくるね」
「悪いわねぇ、楓」
「僕も一緒に行きますよ。のんびり歩きたいんで」
「あ、私も!」
 カリ―ナも進んで名乗り出る。
「そうかい? 悪いわねぇ。お客さんに働かせてしまって」
「んじゃ、俺も」
「虎徹、アンタは壊れた雨樋を直してくれないかい」
「……へーい」
「ところで、カリ―ナさん。アンタはバーナビーの彼女かい?」
「いいえ」
 即答だった。
「行くんだったらスーパーマツムラにしとくれよ。あそこは安いし品揃えも豊富だし、何より物がいいからねぇ」
「わかった。案内するね。バーナビー様、カリ―ナお姉ちゃん」
 楓が二人の手を引いた。

「あら、あれ」
「楓ちゃんじゃない」
 近所のおばさん達が足を止めた。
「こんにちは」
「こんにちは……って、そっちはヒーローのバーナビーじゃない?」
「はい。父が連れてきてくれて……」
「そっちの女の子も別嬪さんね」
「あ……ありがとうございます」
「それじゃあね、楓ちゃん。――そうして見ると、家族みたいだよ」
「え? そうですかぁ?」
 楓が嬉しそうに笑う。だが、カリ―ナの心の中は複雑だった。それはバーナビーも同じであったろう。
 楓を挟んで隣にいるのが、虎徹だったら――と。
 バーナビーとカリ―ナは、オリエンタルタウンののどかさを味わっていた。
 豊かな自然。のんびり走るバス。空気も美味しい。
 今度は虎徹と一緒に来たいと思うカリ―ナだった。
 目指すスーパーは家から少し離れた商店街にあった。三人はそこに入って買い物を終える。
 そこから出てきた時だった。
「きゃあああああっ!」
 この街に似つかわしくない悲鳴が走った。
「誰か……誰かあの子を助けて!」
「ママー!」
「金を出せ! 早くだ! 鞄に詰めて持ってこい!」
 マスクをかぶっている男だ。シュテルンビルトではよくお目にかかった小悪党である。だが――犯人は小さな男の子に銃を突き付けている。
 下手をしたら子供の命が危ない。
 人が集まり始めていた。
 能力を使ってもいいけれど――。
 バーナビーが悔しそうにぎりっと歯を噛み締めた。こんな小物に負ける彼ではなかったが、万一、ということも有り得る。
 それに、今は楓がいる。心細そうにバーナビーの赤いジャケットの袖をぎゅっと握っている。
 平和なオリエンタルタウンに住んでいるこの子のことだ。こんな事件を目の当たりにするのは初めてだろう。
「ハンサム! 楓ちゃんをお願い!」
「ブルーローズ、どこへ――!」
 バーナビーの制止も聞かず、カリ―ナは走って行った。
 変身キットを持ってて良かった。
 物陰に飛び込んだカリ―ナは、ブルーローズに『変身』する。
「ママー! ママー!」
 男の子は泣き叫び続けている。
「ええい! うるさいガキだ。もう殺してやる!」
「お金ならここに――」
「そんなはした金いらねぇぜ! 今すぐこのスーパーに行って売り上げを全部持って来させろ、でないと――」
 犯人がなおも続けようとしたその時だった。
「ん?」
 腕が氷に包まれている。ブルーローズがフリージング・リキッド・ガンで拳銃ごと凍らせたのだ。
「……何じゃこりゃああああああ!」
 その隙に、楓の手を振り払ったバーナビーが走って行って犯人の顎に思いきり蹴りを入れ、子供を取り返した。
 相手は後ろざまに飛んで――気絶した。
 その後、警察が来て男を連行して行った。
「さすがヒーローね!」
「かっこよかったわぁ」
 ギャラリーが口々に褒めそやす。
「あの……ありがとうございます。息子を助けてくださって」
 子供の母親が礼を言う。
「いえいえ。平気かい? 坊や」
 バーナビーがにっこり笑う。
 男の子は、
「うんっ!」
 と力強く頷いた。
「それにしても、今回も見事でしたよ。ブルーローズ」
「ふん。……アンタに褒められても嬉しくないわよ――アンタまで捕物に参加するなんて……私一人でもやっつけられたわ、あんな奴。おかげで決め台詞言い損ねちゃったじゃない」
 ブルーローズはバーナビーから顔を逸らして喋る。けれど、満更でもなさそうだった。
「ごめんね、楓ちゃん。さっきは君の手を振り切ったりして」
 バーナビーが謝る。
「ううん! いいの!」
 楓は顔を輝かせている。
「バーナビー様もブルーローズもかっこいい!」
「どうもありがとう」
「ちょっとここでカリ―ナさんを待ちましょう。早く帰りたいですがね。虎徹さんも待っているでしょうし」

「ねぇ、カリ―ナお姉ちゃん」
 夕食後、お風呂場にて、楓がカリ―ナに訊く。カリ―ナは体を洗っていた。
「何かしら?」
「お姉ちゃん、ブルーローズでしょ」
「な……何で……?」
「バーナビー様がね、カリ―ナお姉ちゃんのこと、ブルーローズって言ってたから」
「あの馬鹿……!」
 カリ―ナが忌々しそうに呟いた。
「バーナビー様は馬鹿じゃないもん!」
 楓は立ち上がった。が、その後すぐに湯船に潜り込んだ。
「ねぇ、お父さんて、何者なの?」
「え?」
「だって、バーナビー様やブルーローズのカリ―ナお姉ちゃんとも親しいし」
「それは――」
 カリ―ナは言い淀んだ。虎徹は自分がヒーローであることを娘に隠している。危険に巻き込まれないように。
 もう少し大きくなってから話す。虎徹はそう言っていた。果たして、今自分が言っていいのだろうか。虎徹の口から伝えた方がいいのではないだろうか。
「ねぇ、カリ―ナお姉ちゃん、お父さんてもしかしてヒ―ロー……」
 バレた――?
「の世話をしている人?」
 カリ―ナはがくっとずっこけた。
「本当のことはね……あなたのお父さんが話してくれるまで待っててちょうだい。もちろん、その前に何らかの事情で全てが明らかになるにしても」
「でも、お父さん、嘘つきなんだもん」
「それは――仕方ないのよ。わかってくれる?」
「うん。カリ―ナお姉ちゃんのことは信じるよ」
 娘に信頼されてない父親か。
 虎徹が楓を愛しているのは間違いない。けれど、それが全然伝わっていない。
(気の毒ね。タイガ―も、真実を知らない楓ちゃんも……)
 家族とは、すれ違うものかもしれない。自分と家族もそうだった。
 でも、やがて誤解が解ける日がやってくる。
 早くその日が来るといい――虎徹にも、楓にも。
(大丈夫だろうけど。この二人なら)
 カリ―ナはシャワーで泡を落とした。
「カリ―ナお姉ちゃんがブルーローズだってことは誰にも言わないよ」
 と、楓は約束してくれた。

後書き
ブルーローズ、正体バレてしまいましたね。
まぁ、この話はほとんどパラレルなので、好きにやらせてもらっています。
そういえば、前作では、安寿さん出て来なかったですね。
それにしても、好きにやってると言ったら、『スーパーマツムラ』!(笑)
保育園の頃は、スーパーマーケットの店長やりたかったのです。
何故にスーパー! と、今の自分はツッコミを入れたい気もしますが。
きっとスーパーの品揃えの豊富さに惹かれたのね。
読んでくださってありがとうございました!
2011.12.22

BACK/HOME