バニーと虎徹のある日の事情

9.時にはすれ違いも

「おい! おい! バニー!」
 バニーは虎徹の前を長いコンパスですたすたと歩く。
「待てよっ、バニー!」
 思いっきりバニーの服の裾を引っ張ったら二人ともひっくり返った。
「――何するんですかっ!」
「おまえこそ! 誰が浮気者だって?」
「ブルーローズさんと仲良く喋ってたでしょう!」
「仲間なんだから仕方ねぇだろ。それとも何か妬いてんのか?」
「ええ。――妬いてますよ」
 虎徹はほらな、という風に肩を竦めた。
「おまえだってローズのことが好きなんだろ?」
「いいえ。虎徹さんを愛しています!」
「でも、ローズはおまえのことが……」
「ローズさんは虎徹さんのことが好きなんですよ」
「へ?」
 虎徹の目が点になった。それから、
「まっさかー」
 とからからと笑った。
「こんなくたびれたおじさん、ローズみてぇな美少女は相手にしないっての」
「虎徹さん! 貴方もっと自分の魅力を認識してください」
 そして――
 バニーは虎徹に噛みつくようなキスをした。
「おい、バニー。ここ人が通る……」
「構いません!」
 バニーは言い切った。
「僕は……貴方がいなかったらとっくにヒーローを辞めていました。僕は……貴方のおかげで正気に戻ることができました。僕は……」
 そこでバニーは一拍置いて言った。
「貴方に人を愛することを教わりました」
「俺に?」
 バニーは頷いた。
「……ここまで恥ずかしいことを言わせるんですか? 虎徹さんは」
「言ってくれなきゃわかんねぇっての」
「……貴方は今日は僕のものですよね」
「ああ……そうだったかな。おじさん、忘れっぽくてよ」
「じゃあ嫌でも思い出させて差し上げます」
 バニーはディルドの出力を最大にした。
「あ……っ! おうっ……やだっ……」
 虎徹の声に艶が出る。ここに今のところ誰も通りかからなくて良かったと思った。
「てんめぇ~……何しやがる!」
 虎徹もとうとう怒った。バニーの行動は理不尽だ。
 だから俺も理不尽に走るしかないであろう。
 虎徹はズボンのポケットからリモコンを取り出した。バニーのディルドに繋がるリモコンだ。
 俺を怒らせたことを後悔させてやる!
 スイッチオン!
 しーん。
 何も起こらない。
「あ……あれあれあれ?」
 バニーが偉そうに仁王立ちした。虎徹を見下ろす。
「お馬鹿な虎徹さん。貴方に渡したリモコンには電池が入っていないのですよ」
 一瞬の沈黙。やがて。
「くっそーーーーーーーーっ!!!!」
 虎徹は力いっぱいリモコンを道路に叩きつけた。
 まんまと一杯喰わされた! この変態兎に!
「ふっ……あはははははは!」
 バニーが嫌な笑いを浮かべる。それは嘲笑であった。
「いつ気づくかなと思ってたんですよ。見事に騙されましたね」
「おまえな~……」
 こいつ案外子供っぽいところがあるなと虎徹は思った。
「これじゃ俺の騙され損じゃねぇか……」
 どうしてくれようこの兎!
「……どこ行くんですか? 虎徹さん」
「……どっか他のところに泊まる。おまえんちには――もう帰らない」
「えっ?!」
 バニーの驚きの声に虎徹は思わず振り返った。
 見なければ良かった。あのキング・オブ・ヒーローのバーナビー・ブルックス・Jrが寄る辺ない子供の顔をしていたなんて。
 でも、これは罰だからな。
 虎徹の浮気を疑った罰。虎徹を騙したことへの罰。
 そして――虎徹を惚れさせたことへの罰。
(俺は、やっぱりバニーちゃんが好きだ)
 後ろ髪引かれる想いで立ち去った。
 でも、あいつとは……もう終わりだ。歩いていくうちに涙が溢れた。虎徹は頭を振りやった。
 ディルドを入れたまんまだから、どこかの公衆トイレにでも入って取り出しておこう。二人の記念としてはちょっとやらしいかな。そんなことを考えながら虎徹は角を曲がる。
 と、そこで――。
「どちらへ?」
 ――バニーが虎徹の正面に先回りしていた。
「逃がしません。貴方は僕のものです。友恵さんを含めて」
「嫌だね。俺はアントニオん家に泊まるんだ。いつもの酒場で一緒に一杯ひっかけて」
「どうせそう言うだろうと思ってましたよ」
「何でわかった」
「虎徹さんの行動パターンはお見通しです。それに虎徹さんは友達が少ないじゃありませんか」
「友達少なくて悪かったな」
「ライバルは少ない方がいいです。貴方は誰にも渡しません。アントニオさんにも、ネイサンにも……ローズさんにも」
「おまえ――友恵はいいのか」
「……本当は、友恵さんにも渡したくはありません。けれど、貴方が愛した女性ですから」
 バニーはちゅ、と虎徹の結婚指輪にキスを落とした。
「友恵さんなら……いいんです」
「死んだ人、だからか?」
「それもありますがね。友恵さんなら許せそうな気がします。楓ちゃんの母親ですし」
 愛娘の名前を呼ばれたことで虎徹の血の気がさーっと引いた。
「か……楓に変なことをしたら許さねぇぞ! それに、楓はおまえに憧れているんだ!」
「じゃあ、帰りましょう。大人しく帰ってくれたら楓ちゃんには僕達の関係を伏せておきます。断ったらどうなるか――わかりますね」
「…………」
 虎徹は頷くしかなかった。
 楓には、バラされたく、ない。
 これでも少しは見直していた時もあったのに。また逆戻りか。
(つか、人脅すって、どういうヒーローだか)
 虎徹はキャスケットを目深に被った。
 本当は安心していた。バニーに連れ戻されることに。本当に、どうしようもない。この恋心というやつは。
 嫌悪感と嬉しさで言ったら、嬉しさの方が勝ってしまう。
 やっぱり恋は押しが強い方の勝ちだな、と虎徹は妙に納得してしまった。

2013.11.25

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