バニーと虎徹のある日の事情

10.愛娘

 虎徹とバニーは二人して自分達の家に向かう。恋人繋ぎをしながら。
「それにしても虎徹さん……貴方さっき僕に逆らいましたね」
「え? あ、ああ……そういうことになるのかな」
 バニーの台詞に虎徹はどぎまぎした。
「逆らうのは一切なしって言ったのに……罰として――」
「罰として?」
「一生僕の傍にいること!」
「バニー……」
 リンゴーン、と頭の中で鐘の音が響いた。続いて、リンゴーン、リンゴーンと。願ってもないことだ。嫌そうな顔をしてみせたところで、嬉しさは隠せない。
 虎徹は帰宅するとバニーの許可を得てトイレでディルドを外した。何とはない解放感があった。ちゃんと洗って返すとバニーは、虎徹さんさえ良ければまた使いましょうね、と不吉なことを言ったが、虎徹は聞かなかったことにした。
 ――携帯電話が鳴った。誰だろ……あ。
 それは愛娘、鏑木楓からのものだった。虎徹は通話ボタンを押す。
「お父さん!」
「楓~~」
 虎徹が父親モードになった。さぞかしでれっでれに甘い顔になっていることだろう。親バカなのは自分でもわかっている。けれど、虎徹には持論があって――。
 親バカでない親など、親ではない!
 画面の向こうの楓はとびっきりの笑顔だ。相変わらず可愛い。さぞかし修学旅行で楽しんでいることだろう。虎徹も修学旅行が楽しかった。
 楓は今、京都にいるはず。
「あ、バーナビーも一緒?」
「うん、そうだけど」
「バーナビー元気?」
「元気ですよ、楓ちゃん」
 涼やかな声が降ってきた。バニーも画面を覗き込んでいる。
「ねぇ、虎徹さん。画面消してもらってもいいですか?」
「え? せっかくいい景色なのに」
 楓が言った。楓は風景も見て欲しいらしかった。父親である虎徹と、その相棒のバニーに。
「僕達、想像力を鍛えたいんですよ。ね? 虎徹さん」
「お、おう……」
 何を考えているのだろう。バニーは。なんか嫌な予感がする。
「楓ちゃんも消してくれるかな?」
「どうして?」
「散らかった部屋をあまり見られたくないものでね」
「お父さんの前の部屋よりマシだと思うけど。バーナビーがそう言うなら……」
 楓は不思議がっていたようだけれど、結局画面をデリートしたみたいだ。
 楓も思春期になってよく生意気を言うようになったが、バニーの意見は素直に聞くんだな。
 どうせ父親なんてつまらん存在だ。――虎徹は楓をバニーに取られたように思った。それに、自分が前住んでいた部屋のこともダメ出しされて。
「今日はね、お寺に行ったの。すごかったよ」
「京都は歴史ある街だからな……ひゃうっ」
 バニーが虎徹のうなじを長い指でなぞったのだ。
「……お父さん?」
「や、何でもない」
 虎徹は無言でバニーを睨みつける。バニーは素知らぬ顔だ。
「それからさ、紅葉も見たんだけど、とってもきれいだったの! 赤や黄色の色とりどりの紅葉が一面に広がっててさぁ……良子ちゃんが絵に描きたいって!」
「楓も描いたらいいさぁ」
「でも……」
「楓も絵が上手いじゃないか。お父さん、楓の絵、好きだなぁ」
「でも、今は道具がないから。写真送るね」
「楽しみにして……ひゃわわわ」
 虎徹はバニーに耳を食まれたり、息を吹きかけられたりしている。我慢するのも一苦労だが、つい声が出てしまった。
(バニーの野郎……これが目当てだったんだな)
「お父さん、どうしたの? 変な声出して」
「楓は心配しなくていいんだよ」
「病気? 寝てなくちゃダメじゃない。息も荒いし」
「だから、お父さんは元気だって」
「いいから! ちゃんと寝ること! ――私はバーナビーと話すから」
「え~? お父さんも楓ともっと話してたいな~」
「お父さんは大事にしててよ。ね?」
「う~……」
「虎徹さん。僕も楓ちゃんとお話したいので……」
「――わぁったよ」
 やっぱり楓は俺よりバニーのことが好きなんだな。
 娘を他の男に取られる時の気持ちって、こんな感じなんだろうか。尤も、普通の男はその娘の父親に手など出さないだろうが。
「あ、バーナビー? あのね、あたし達お土産買ったんだけどね。ちゃんとバーナビーのもあるよ……」
 虎徹と話している時より声が弾んでいるのは気のせいだろうか。
「ありがとう、楓ちゃん」
 ――まぁ、バニーも楓を好いていてくれるのが救いか。虎徹はそう思った。
「西陣織の財布買ったんだよ。後で送るね」
「楓ちゃん、僕の分までありがとう」
「だって私、バーナビーのこと好きだもん!」
「僕も楓ちゃんのことが好きだよ」
 ずきん、とハートに衝撃が走った。
 もし、楓とバニーが結婚したらどうしよう。
 虎徹とバニーは男同士だ。未来の希望もない倒錯愛だ。
 楓のことはバニーに任せた方が賢明かな――とつい考える。だが、楓はまだ子供なのだ。
 それに、もし楓とバニーが睦み合うとしたら――……。
「だーーーーーーっ!!!!!」
「ど、どうしたの?! お父さん!」
 楓が驚いて目をまん丸くしている様子が見えるような気がした。ああ、こんな想像力いらない……。
「楓ちゃん、今日はもう切っていいかな」
「う、うん」
「また話そうね」
「わかった。またね。バーナビー、お父さん――何かあったら言って。私、お父さんには早く病気治してもらいたいから」
「……病気じゃないってば~」
 虎徹が涙声になっている。
「心配かけたくないからって強がらないの。じゃあね、お父さん、早く良くなってね。バーナビーも元気でね。あ、ちょうど友達が呼んでるから――バイバイ」
 携帯が切れた。虎徹はバニーに向き直る。
「おい、バニー……楓のこと、どう思う?」
「? ――好きですけど? 虎徹さんの心配もして、いい娘さんじゃないですか。それより、さっき大声を出したのは何故ですか?」
「……考えちまったんだよ。そのぉ……楓とバニーが俺達がいつもしていることをやっているところを」
「ははぁん。虎徹さんもやきもち焼いたってわけですか」
「――そうだよ!」
 でも、そればかりではない。男の虎徹を抱くような男が、娘にも同じようなことをしていたら、かなり親としては問題視しまうのではなかろうか。友恵とバニーが恋人になることは実際には無理だけど、もしもの話で百万歩譲って認めるとして――楓は……バニーに渡したくない。虎徹は妻より娘なのだ。「ごめん、友恵」と虎徹は亡き妻に謝った。
 そして……これは虎徹自身驚いている感情なのだが――バニーを楓に取られるのも同じくらい嫌なのだ。
「大丈夫です! 僕は虎徹さん一筋ですから!」
 バニーは虎徹の額にリップ音を立ててキスをした。
「僕はね……楓ちゃんのお兄さんになりたいんですよ。楓ちゃんは虎徹さんの娘でしょう? 兄として大事にしたいんです」
「楓に手を出したら許さないからな」
「まさか。僕はその……楓ちゃんの家族になりたいんです。虎徹さんと一緒に。僕は家族を殺されましたから……家族ができるのって嬉しいんです」
 そうだった。こいつはマーべリックに……信頼していた人に家族を殺されたんだ。
 悪かった。バニーちゃん――そう言って虎徹はバニーを抱き締めた。バニーがぽんぽんと優しく虎徹の背中を叩いた。

2013.11.29

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