バニーと虎徹のある日の事情

8.続・ディルドでお買い物

「だっ!」
 虎徹は思わず悲鳴を上げた。
「どうしました? お客様」
「何でもありません、何でも……」
 虎徹はお茶を濁す。
 服を一着買ってもらい、虎徹はバニーと店を出た。
「何なんだよ、てめぇっ! さっきはおまえの気分を害すること何も言ってなかったろうがっ!」
「水臭いですよ。虎徹さん」
「は?」
「愛しい人の為に金を使いたいというのがそんなにいけないですか!」
「う……でも……」
「でもじゃありませんよ。僕は貴方にならいくらでも貢ぎたいのです」
「…………!」
 何とんでもないこと言ってんだ?! こいつは。
 女性だったら喜ぶ者もいただろう。でも――虎徹は男なのだ。男に貢がれて嬉しがるような精神構造はしていない。
「わかったよ……でもなぁ、バニー。そしたら、俺はどうやっておまえに礼をすればいいんだ?」
「いいですよ。お礼なんて。でも、どうしてもお礼がしたいなら――ね」
 低くセクシーな声が桃色遊戯を求めている。
「だっ! だからそれはしょっちゅうやってることだろうが!」
「でも……足りないんです。もっと虎徹さんが欲しい」
「何で俺なんだよ! おまえにはもっとふさわしい相手がいるだろう。例えばローズとか……」
「呼んだ?」
 ちょっと蓮っ葉な可愛い女の子の声がした。
「うわぁぁぁぁっ!」
 そこにいたのは、ブルーローズことカリーナ・ライルであった。
「話題に出しときながら驚くなんて失礼じゃない?」
 ローズが尤もなことを言う。
「ああ。気にしないでください。僕ら今デート中なんで」
「ふぅん。アンタらってそういう関係?」
「はい。実はそうなんです」
「ローズ、違うんだ、これは……」
 虎徹はローズに言い訳しようとしたが、後が続かなかった。何故なら、もうしっかりと、虎徹とバニーの二人はローズの言う『そういう関係』なのだから。
「ふぅん、まぁ、いいけどぉ……」
 ローズは気分を害したようであった。
(やっぱ……バニーにはローズの方が似合いだよな)
「ねぇ、口止め料としてあそこのアイスクリーム買ってちょうだい」
「お、おう。そのぐらいなら」
「僕も欲しいです」
「おう。バニーの分も買ってやるよ」
「いいんですか? 僕は貴方にはお金を使わせたくないんですが――せっかくだからおよばれしましょうか」
 良かった。バニーの要望に応えるより、アイスをおごる方がずっと易しい。まぁ、その後もバニーは虎徹の体を求めるのだろうけど。財布は一応用意したのだ。
『僕の精液垂らしながら歩いてもいいのか』と脅しながら、しっかりディルドは装着させる。バニーの基準はいまひとつわからない。
「イチゴとミントね」
「はーい。おーい、兄ちゃん。イチゴとミント」
 店員は「はいかしこまりました」といい返事を返してからイチゴとミントのアイスクリームを渡した。
「バニーは何がいい?」
「僕はバニラで」
 意外とオーソドックスな趣味してんなと思いつつ、虎徹は注文した。
「虎徹さんはいいんですか?」
「ああ。俺はいいよ」
 そして、黙ってアイスを舐めている二人を眺めていた。食べ終わって紙くずを捨てたバニーが虎徹の視線に気付いたらしい。
「――どうしました?」
「いや、絵になるなぁと思ってな。おまえら二人」
「冗談!」
「そうですよ、虎徹さん! ジョークがきつ過ぎます!」
ローズとバニーの剣幕につい負けて虎徹は、
「わ……悪かったよ……」
 と、詫びてしまった。
「なぁ、ローズ。一部リーグの奴ら、どうしてる? バニーにもいつも訊いてんだけど」
「どうって……いつも通りよ」
「そうかい? タイガーがいなくて寂しいなーとか、殊勝なこと言ってるヤツいないの?」
「――いないわ」
 いますよ。
「え?」
 虎徹がきょろきょろした。
「バニー、今、おまえなんか言ったか?」
「……言ってませんよ」
 そう答えるバニーの表情は、どこか寂しげだった。ローズがバニーをきつい目で睨む。
「でもさぁ……みんなアンタのこと、本当は気にしているわ」
「そっか。仲間ってありがてぇな。アントニオは元気か? スカイハイは? 折紙は? ネイサンやキッドは?」
 バニーはそれを聞いて呆れたように虎徹に親指を向けた。
「僕にも同じこと尋ねるんですよ。この人」
「それからローズ。おまえは? おまえのその……活躍見てるぜ?」
「え……」
 ローズの顔がほんのりと赤くなった。
「あ、あたしのことより……アンタはどうなの」
「いやぁ……『中年の星』とか言われちゃってさぁ」
「大活躍よね。能力が減退しても。だからアンタのこと……」
 ローズがはっ、とバニーの方を見て息を呑んだらしかった。
「――嫌いになれないのよ」
「虎徹さん、行きましょう」
 バニーが虎徹の袖を引っ張る。ローズが言う。
「ねぇ、待って。タイガー。あの……一部リーグにはいつ戻れるの?」
「さぁ……お偉方さん次第かな」
「ねぇ、もうそろそろ……」
「おう。わかった、バニー。――悪いな、ローズ」
「ううん。いいのよ。もっと話したかったけど」
「おじさんの話が楽しいのか? 話すって言っても、俺、そうそう話すことなんてないぜ」
「あるじゃない。二部リーグのこととか」
「ああ、あいつらな。変な奴らだけど、付き合ってみるとなかなか楽し――だっ! うっ、あっ!」
 また、ディルドが蠢いた。虎徹はバニーを睨めつけたが、バニーはどこ吹く風、という風に澄ましている。
「じゃあ、ほんと。今日は帰るわ」
「タイガー」
 ローズは泣きそうな顔をして虎徹のシャツの裾を掴む。
「帰る……の?」
「そ。どうやらバニーは俺におまえを取られておかんむりのようだからな。じゃあな――わりぃけど手、放してくれるか。それからアイス、さっさと食わねぇと溶けちまうぞ」
 ローズの様子が些か気がかりだったが、またディルドでバニーに攻撃されてはたまらない。俺はずるいオジサンなのだ。ローズは大人しく手を放した。
 帰りしな、バニーに、耳元で浮気者と囁かれた。何故、バニーがそんな風に言うのか、虎徹にはわからない。
 バニーは、虎徹の最愛の人なのに――。友恵や楓といった家族と同じぐらい……。
 なのに何だよ、バニーのヤツ!

2013.11.23

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