バニーと虎徹のある日の事情

6.貴方に感謝の口づけを

「ベッドに行きましょう、虎徹さん」
「え、でも……シーツとか汚れるぜ、きっと」
「大丈夫ですよ。洗いますから。それに、やはりベッドの方がムードは出ます」
「そ、そうか……」
「ゴムはちゃんとつけますから」
「いや、ゴムなしだっていいんだけど」
「まぁ、その方が虎徹さんを感じ取れて僕は好きですが、昼食の後、お買い物をしたいと思いますので。僕の精液、垂らしながら歩くの嫌でしょう?」
「それはまあ、確かに」
「それに、虎徹さんもゴムをつければ、寝具は汚さなくても済むでしょう?」
「ああ! 確かにな!」
 駅弁スタイルでベッドに虎徹を運んだ後、バニーは虎徹の蕾の具合を確かめた。
「だいぶほぐれてますね……」
「たりめぇだろ? 散々いじくられたんだから」
「これなら慣らさなくても大丈夫ですね」
 ゴムをつけたバニーの自身は隆起して天を仰いでいた。ごくん、と期待に虎徹は胸を弾ませる。
(あんなにしたばかりなのに……俺って色情狂かな)
 だが、バニーが入ってくると、虎徹は快感を追うのに夢中になった。
 何度目かの交合の後、虎徹は意識を手放した。

「虎徹くん……」
「友恵……」
 友恵がこんなところにいるはずはない。ということは、これは夢か? けれども、これが夢だという意識すらのぼらすに……。
「虎徹くん、楓をよろしくね」
「もちろんだとも」
「それから……あの寂しがり屋の……」
 ――そこで、目が覚めた。バニーが微笑んでいた。
「虎徹さん」
「ああ、バニー……わりぃ、途中で眠っちまった」
「いいんですよ。虎徹さんの天使の寝顔が見れましたから」
 バニーちゃんの方が……ずっとずっと天使みたいだよ……。だが、その言葉は胸の中にしまっておいた。
「どのぐらい寝てた? 俺……」
「30分てとこでしょうかね」
「そうか……」
 さっき見た友恵の夢。残像ははっきり残っている。
(あの寂しがり屋の……)
 本当は、何と続けたかったのだろうか。夢の中の友恵は。
(あの寂しがり屋の兎くんを……? )
 バニーが虎徹の顔を覗き込む。
「どうしたんですか? 虎徹さん」
「いや……友恵の夢を見てな……」
「奥さんの……そうですか……」
 バニーの心中は複雑であったろうと思う。何の気なしに訊かれるまま、友恵のことを口にしてしまったことを虎徹は後悔した。バニーが言った。
「虎徹さん。左手出してください」
「左手? 何で……」
 乞われた通りに左手を出すと、バニーは虎徹の薬指に嵌まったままの結婚指輪に口づけをした。
「な……!」
 バニーの突然の行動に虎徹は驚いた。
「虎徹さんを愛するということは、奥さんの友恵さんも愛するということです。――勿論、楓ちゃんもね」
「バニー……」
「言ったでしょう。虎徹さんは僕のものだって。だから、あなたの亡き奥さんも僕のものです」
 バニーがとっておきの笑顔で笑った。
「バニー……」
 虎徹は涙ぐみそうになった。だから、バニーが好きなのだ。

「ねぇ、バニーちゃん……もうやめてくれない?」
 昼ごはんの時のことである。バニーはクロワッサンとカフェオレを用意してくれた。ちなみに二人は既に服を着ている。
 虎徹の服はバニーが用意してくれた。今度はまともな洋服――というか、いつもの虎徹の服だ。糊もパリパリにきいている。バニーもちゃんとした格好をしていてそれが憎たらしいくらい決まっていた。
 ――バニーは虎徹と一緒に席に着いてから、ずっと虎徹の結婚指輪にキスを送り続けている。
 一度目は感動したこの行為も、こう繰り返されると……なんだか恥ずかしい。バツの悪い思いで虎徹は言った。
「あのさぁ、バニーちゃん……友恵ももう満足してると思うから……」
「嫌です。僕の気の済むまでやります」
(ああ、友恵……俺はバニーを友恵に取られた気がするよ……)
 故のない嫉妬とはわかっている。いや、嫉妬というより、むしろ呆れている。
 恋しい人の亡き妻にそんなに情熱的になれるものなのだろうか。
(俺にはできん……とてもマネできん)
 バニーの懐の広さに感心したり、呆れたり。
 朝のように体を繋げる行為は今はもうやめてくれたから助かったが、今度のも一種の羞恥プレイだ。
「バニーちゃん……友恵のことどう思ってるの?」
「勿論、愛しています。虎徹さんの選んだ人ですから」
「俺、まだ友恵のこと忘れてないよ」
「わかっています。そんな虎徹さんだからこそ、好きになったんです!」
「嫉妬とか……ないの?」
 死んだ恋人を思っている男。そんな彼の恋人に、憎しみに似た感情は抱かないのだろうか。
「ないと言えば嘘になります。けれど、僕は虎徹さんを愛しているし、彼女も虎徹さんを愛しています。言わば、同志のような存在ですね」
「同志か……」
 ふと、友恵の声を間近に聞いたような気がした。
『あなたのそばにいる寂しがり屋の兎くんも、愛してあげてね。虎徹くん』
 その時、また、涙が出そうになった。
 友恵も、バニーに対して仲間意識みたいなものを持っていたのかもしれない。
「バニー、俺なぁ……」
 カフェオレを啜ってから、虎徹が言った。
「おまえを友恵に会わせてやりたかったよ」
「いいんですか? 僕、奥さんに一目惚れしちゃうかもしれませんよ。虎徹さんから奥さん、取っちゃうかもしれませんよ」
「ああ、いいよ」
 友恵は自分には過ぎた女房だった。女らしくて優しくて――。バニーにだったら、友恵を取られても悔いはないだろう。当座は悔しいかもしれないが、ああ、これでよかったんだと思う時が来るであろう。
 何の苦さもなく、二人を祝福できる日が来ただろう。
「好きです……虎徹さん」
「ああ……知ってるよ」
「虎徹さん……虎徹さんは優し過ぎます」
「そんなことはねぇよ」
 さっきまで、俺にはとても恋人に想い人が他にいることを許すことはできないと思っていたのに――。
 友恵……おまえもバニーを愛してるんだな……。
 それは、恋愛ではない。恋愛以上のものである。
 ありがとう。友恵……。おまえに大切なことを教わった。
「バニー……俺、おまえのこと、幸せにするよ。友恵とも約束する」
「何でですかぁ……もういっぱい幸せもらってますよ……みんな、虎徹さんからいっぱい幸せもらってますよ……」
 バニーはひっくひっくとしゃくり上げ始めた。虎徹はバニーの亜麻色の髪を撫で始めた。
 背伸びはしていても、まだ二十代の若者なのだ。
 好き、と言いたくて――でも、ただ言うのはかっこわるいから、『僕のものだ』って宣言して――。バニーのそんな性格と若さに虎徹は愛しさが突き上げてきた。
 しばらくして泣き止んだバニーは、またひとつ、そっと虎徹の指輪に優しい口づけを贈った。

2013.11.13

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