バニーと虎徹のある日の事情

3.楽しい朝ごはん

「はい。虎徹さん。あーん」
「…………」
「――虎徹さん?」
「…………」
「虎徹さん、口開けないと食べさせてあげることができませんよ」
「うっせぇな。大の男が朝っぱらから何が『あーん』じゃ!」
 虎徹はバニーの手をはたいた。スプーンがバニーの手から離れて落ちた。机の上にスプーンの中のチャーハンがこぼれ落ちる。
「何するんですか。虎徹さん」
「……チャーハンぐらい自分で食えるっての」
「おや、そんなこと言っていいんですか?」
 バニーが腰を揺さぶった。
「あ……あ……」
「ほら、おいたをする子はお仕置きですよ」
「俺はおまえより年上だぞ」
「下剋上も萌えますよね」
「それはおまえの性癖だ! ――ったく、そんな言葉どこで覚えてくるんだか」
 虎徹は嘆息した。
 バニーの上に虎徹が乗っかるように座っている。バニーのモノは虎徹の中に入ったままだ。因みに虎徹は裸エプロンも着用したままである。
(畜生……こうなったら早く終わらせてやる)
 腹を据えた虎徹は再びバニーが掬ったチャーハンをぱくっと食べた。
「ふふ。いい子ですね」
 こんな変態プレイ早く終わらせたい。
「――駄目ですよ。虎徹さん」
「何が駄目なんだよ」
「早く終わらせたいと思ってるでしょ」
「悪いか! それが普通だ!」
「――普通って、何でしょうねぇ」
「知るかよ!」
「そっちがふってきたくせに!」
 バニーは虎徹のモノをやわやわと刺激した。
「あ……ん……やっ……」
「いい声で鳴きますね。もう食事は終わらせてベッドに行きます?」
 おまえ! 萎えないのかよ! こんなオジンの喘ぎ声聞いて!
 虎徹は心の中で叫んだ。思えばバニーは奇特な男である。
 ――でも、こんなプレイ強要されたら、彼女でも逃げ出すだろうな……。
 しかし、ここで逃げない虎徹はやはりバニーが好きなんだろうか。それとも――。
「まぁいいです。今日一日、貴方は僕のものですからね。逆らったら――」
 バニーは一拍置いた。
「虎徹さんのエプロン姿の画像、ローズさんや娘さんに送りますからね」
「う……」
 卑怯だ! 卑劣だ! くそっ、くそっ!
「それにですねぇ……僕、長らく人と一緒に食事を取るという習慣がなかったんですよ」
 俺だって野郎の股間に乗っかって食事する習慣なんてねぇよ。
「僕は親に早くに死なれましたからねぇ……」
 バニーはちょっと切なげな吐息をついた。虎徹がこういう話に弱いのを知ってるのだ。
 虎徹は口を開いたら思う様罵ってやろうと思ったが、そんな気も失せてしまった。
 ワイルドタイガーこと鏑木虎徹は、傷ついた子供の味方なのだ。そして、バニーも傷ついた子供の一人なのだ。
 ……例え自分に盛っている、いい大人になった残念なイケメン絶倫兎でも。
「――悪かった。ちゃんと食う」
「ありがとうございます」
「――何で礼言うんだよ」
「虎徹さんなら僕のことを見捨てないと思っていましたから」
 上手く丸め込まれたような気もしないではないが、虎徹は悪い気分ではないが。
 思えばこれもおままごとみたいなもんだ。――大人のおままごとだが。
「僕に付き合ってくださってありがとうございます」
「バニーちゃん。礼言うの二度目」
「それだけ嬉しいんです。はい、あーん」
「あーん」
 今度は虎徹も素直に口を開けた。
「僕も食べていいですか?」
「おう」
「――でも、もう既に僕は虎徹さんをいただいてますがね」
「……んなこと言うなよ。バニーちゃんのがっかりハンサム」
「まぁ、自覚はしてます。でも、こんな姿見せるの、虎徹さんの前だけですよ」
 そりゃそうだろう。こんな姿を目にしたらマニアックなファンしか残らないであろう。
 バニーも少しは誰かに甘えたいに違いない。保護者代わりの男、アルバート・マ―ベリックはバニーを裏切った後自殺してしまった。
 ――ウロボロスは終わらない。そんな謎の言葉を残して。
 バニーも不安なのかもしれない。
 俺は……支えてやんなくちゃな。この寂しがりの兎を。
「なぁ、バニーちゃん。この頃おまえのこと、じっくり構ってやれなかったな。――ごめん」
「虎徹さん――」
「ま、今日は仕方ねぇから付き合ってやる」
「本当ですか? どんなことでもして構いませんか?」
「ああ。どんなことでも――な」
「虎徹さん!」
 バニーはスプーンを携えたまま虎徹をぎゅっと背後から抱き締めた。バニーはすんすんと鼻を鳴らしている。
「ああ。虎徹さんの匂いです……」
「――どうせ加齢臭だろ」
「……違います。なんかいい匂いです。……レモンかな。これは」
「バニーちゃんのボディソープだろ?」
「このところ出動が多くて僕も虎徹さん抱けなくて寂しかったです。比較的暇な時でも虎徹さんたら先に寝てしまうし――昨日は久しぶりに抱けましたけど」
「――わり」
「浮気しようとしたこともあったんですよ。でも、虎徹さんより魅力的な人は男でも女でも見当たらなかった……」
「――俺はそんなたいそうな男ではねぇよ」
「そんなことありませんよ! 虎徹さんは僕が『この人は!』と思った人ですよ!」
「――ああ、俺を選んでくれてありがとな」
「ふふ。嬉しいです。虎徹さん」
 虎徹は気付かなかった。一瞬、バニーの目が「してやったり」という風に輝いたことを。
「さぁ。残りを食べてしまいましょう」
「おう。――ああ。もうこんな時間か」
「いつもだったら会社に向かう時間ですよね」
「まぁな。今日が休みで助かったぜ」
 一皿のチャーハンを虎徹とバニーは二人で平らげた。それだけでは足りないので、バニーの皿を引っ張って来て、それも空にした。
「さすが鏑木家秘伝のチャーハン。美味しかったです」
「マヨネーズがあるともっと旨いんだけどな」
「――虎徹さんはマヨネーズ中毒ですよ」
 そうかもしんねぇな。――虎徹は頷いた。
「さ、後片付けしようぜ。立ち上がれるか?」
「ええ。何とか」
 バニーの自身が虎徹のいいところに当たって、思わず虎徹は鼻声を出す。気持ちいいです、虎徹さん――バニーはそう囁いた。

次へ→

BACK/HOME