※この話のタイトルは『バニーと虎徹の情事』の間違いです。

「明日は有給休暇だなぁ、バニーちゃん」
「そうですねぇ……」
「楓は修学旅行に行くって出かけたから、家帰ってもつまんねんだよな。兄貴にこきつかわれるだけだし。母ちゃんの顔は見たいけど」
 鏑木虎徹は溜息を吐く。
「じゃあ、いっそのことこの僕の家で過ごします?」
 と、バニーことバーナビー・ブルックス・Jr。
「いいの?」
「はい! どうせ一緒に住んでるんですし」
「でも、バ二ーちゃんにも予定とか、プライベートとかあるだろ?」
「僕は虎徹さんと一緒にいられればいいです」
「じゃ、宜しく頼むわ」
「はい。――その代わりと言っては何ですが、明日一日は僕の……僕だけの虎徹さんでいてくださいませんか?」
「ばぁか。とっくに俺はおまえのもんだっての」
「でも、虎徹さん、時々僕に逆らったりするでしょう。明日はそういうの、一切なしにしてもらいますからね」
「お、おう……」
「虎徹さん。貴方の明日一日を僕にくださってありがとうございます」
 そう言ってバニーは虎徹の手の甲に軽くちゅ、とリップ音を立ててキスをした。
 この時、虎徹は知らなかった。体力的にも精神的にもひどく消耗することになろうとは――。

バニーと虎徹のある日の事情

1.おはようのご挨拶

「虎徹さん、起きてください、起きてください」
「んー、もう朝かぁ……?」
 虎徹は眠い目を擦る。
 あれからバニーに付き合って抜かずに三発。最後の方では良過ぎて気を失ってしまった。とんでもない失態だが、バニーは嬉しそうに、
「いいんですよ。虎徹さんが気持ち良かったらそれで」
 と言って休ませてくれる。――そう、いつもなら。
 しかし、今日は虎徹はバニーのものなのだ。
「虎徹さん、起きてください。今日は僕の言うこと何でもきくって約束したでしょ?」
 バニーは美しいテノールで囁く。
「ん~……ねみぃんだよ。後五分……」
「学校へ行くのを先延ばしにしている小学生ですか。早く起きないと――」
 バニーは声を低くした。
「僕達の関係、楓ちゃんにばらしますよ」
 これは効果てきめんだった。途端に虎徹はがば!と跳ね起きた。
「おはようございます。虎徹さん」
 そう言ってバニーは、ちゅ、と唇に軽くキスをした。
「なななななな!」
「どうしたんです?」
「なぁ、嘘だよな、楓に言うなんて嘘だよな!」
「僕の言うこと聞いてくれたら許してあげます」
「は~~~~」
 朝っぱらから疲れがどっと出た。楓の憧れの人と関係を持った父親など、楓はきっと許してくれないだろう。それに、自分達の関係をおおっぴらにはしたくない。バニーは平気そうだが。
(若いっていいよな。失うもんがなくて)
 しかも、バニーの両親は彼が子供の頃亡くなっている。近しい人に殺されたのだ。そう思えばバニーの変態的なあれやこれやにも同情の余地があるかもしれない。
 そして、虎徹がバニーに逆らえない理由のひとつには、バニーが滅多に出会えない超美形のスーパーモデル並みの男性ということがあげられる。
 虎徹は面食いだった。亡き妻、友恵も美人だったし、娘の楓も可愛らしい顔立ちをしている。虎徹自身、渋みのあるいかした男性――とまではいかなくとも、恋女房と結婚するまでは結構モテてた方だ。割とスタイリッシュな方でもある。
 バニーも、「虎徹さんの全てが好きです」と言ってくれる。全て――ということは、顔も入っているいうことだろう。
 バ二ーはバードキスを続けている。いい加減煩くなってきた頃――。
 虎徹の口内にぬめっとした舌が入り込んだ。
 薄くて、虎徹のツボをよく心得た舌。口蓋を舐められた時、背筋がぞわぞわってなって気持ちが良かった。
(こんなキス、友恵とはしなかったなぁ……)
 妻とバニーを比べるのは些か気が引けるが、黙っていればわかりはしないだろう。
「虎徹さん……」
 一旦ディープキスを止めると、バニーは言った。
「虎徹さんからもしてください」
「あ、おう、そうだな」
 自分ばかり気持ち良くなっては申し訳がない。虎徹はありったけのテクを駆使してバニーを悦ばせようとした。
「ん、ん……」
 くぐもった声がバニーの口から洩れる。力づいた虎徹は更に舌を絡ませる。
「ん……」
 こんな朝っぱらからこんなエロいキス。バニー相手でなかったら誰ともしない。
 バニーは虎徹に性の快楽の扉をもう一度開けてくれたのだ。彼がいなかったら虎徹はそれなりに満足して――でも、少し物足りなさを感じながらそのまま老いてこの世を去っていたに違いない。
 バニーの舌が唇から離れる。銀の糸が二人を繋げていた。やがてそれが重力に負けて落ちると――。
「虎徹さん。御馳走様でした」
 と、満足げなバニーが礼を言う。
「いやいや。俺もその……良かったし」
「ほんとですか?」
「ああ」
「虎徹さんは既婚者だから、僕いつもがんばって知識を総動員していたんですよ」
 こんな舞台裏を明かすバニーは珍しい。
「でも……虎徹さんを抱く時は知識より感覚が先行してしまって……僕、虎徹さんに負担をかけてませんか?」
「いやぁ……確かに俺は受ける側だから負担はあるといっちゃあるけれど……」
 けれど、いつもそれを上回る快楽をバーナビーは与えてくれていた。虎徹がそう言うと、彼は、
「ほんとですか?!」
 と、目を輝かせて尋ねてきた。
「ああ。嘘ついてどうなる」
「虎徹さん!」
 バニーはぐりぐりっと虎徹の胸に頭を擦り付ける。
「今日も虎徹さんに満足していただく為にたくさんの用意をしたんですよ」
 バニーが綺麗な笑みを見せた。虎徹はうっすらとだが嫌な予感がした。
 しかし、キスが再び始まると、そんな心配もどこかへ飛んで行ってしまった。
 セックスは音楽に似ている、と言ったのは誰だったか。キスも音楽に似ていると思う。
 お互いに心が高ぶり、きつく抱いて口を吸い合った。頭のヒューズが飛びそうだ。
 バニーは名指揮者。いや、優れた奏者だろうか。
 見事なクライマックス。華麗なカデンツァ。そして終結。フェードアウト。
 余韻を味わいながら、何度も何度も交わすキス。バニーのキスが甘い。
「バニーちゃん……俺、もう……」
 虎徹はバニーの肩に頭を寄せた。甘美さでくらくらしている。
 朝っぱらからこんなことやっていいのか。真面目に通勤している世のお父様方に申し訳ないと思わないのか。
 だが、普段は虎徹もバニーも勤め人をやっているわけで――。
 そりゃ、ヒーローとしての仕事もあるのだが。というか、そっちが本業な訳だが。
 刺激的なさっきのキスで、虎徹の雄は緩く反応していた。
(全く……昨日あんなにやられたくせして)
 虎徹は正直な自分の体に呆れた。だが嫌だとは思わない。バニーに捨てられたり、勃たなくなったりする方が問題だ。
「ふふっ、いい顔ですよ。虎徹さん」
「だっ! るっせ!」
 体勢を整えた虎徹は照れ隠しに叫んでみる。けれど、バニーの緑色の瞳は何もかも見通しているようで――。
「感じてくれたんですね。虎徹さん」
「……まぁな」
 その時、虎徹のお腹が盛大に鳴った。これから朝食にしましょうとバニーは提案をした。

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