1976年独立記念日

 俺、アーサー・カークランド。イギリスという国の擬人化姿だ。今はわけあってアメリカに来ている。
 今日は1976年7月4日。アメリカ独立記念日。二百年目のだ。
 アルフレッド――アメリカも威風堂々としてるなぁ……。
 明るい金髪が太陽に輝いて、ナンタケットも誇らしげにぴんと伸びて……うっ、ごふぉっごふごふごぶぁっ!
 す……すまねぇ。アメリカの独立記念日が近くなると体調が悪くなって吐血するんだ。
 しかも、今日は独立記念日ど真ん中!
 嫌なんだが……本当に嫌なんだが、俺は紳士なんでな。
 アメリカであるアルの誕生日なら紳士らしく祝ってやるのが兄……いや、元『兄』というものだろう。
 というわけで、自由の鐘二百年記念バージョンを持って来たというわけだが……。
 うっ、ごほっおぶっげほげほがほっ!
「大丈夫かい?」
 アルにまで心配かけちまった……くっそ、やっぱり来なければよかったかな……。
「来てくれて本当に嬉しいよ。こんな無理してまで……」
 アルが気絶寸前の俺を支えてくれている。
 うっ。アル……。いつの間にそんなに成長したんだ。
 やっぱりおまえもいっぱしの紳士だぜ。俺に比べりゃまだまだガキだけどな。
「さあ! 自由の鐘を鳴らそう」
 俺が持って来た自由の鐘は……荘厳な響きを帯びて辺りに鳴り渡った。やっぱ……感無量だなぁ。
 こいつが独立して二百年も経つのか。涙と共に込み上げてくるものが……。
 ぐっ、ごほごほごほっ!
 また血を吐いちまった。
「ちょっとアーサー寝かしてくるよ。このままだと死にかねない」
 アルがおぶってくれる。
「ええっ?! アルフレッドさんいなくなるんですかぁ?!」
「今日の主役はあなたなんですよ!」
「悪いけど、アーサーの命の方が大事だから……上司にもそう報告してくれ」
 ああ、アルが嬉しいこと言ってくれる……。
 そこで、俺の意識は闇の中に滑り落ちて行った。

 気がつくとベッドの中だった。アルの青い瞳が俺を覗き込む。
 アルはまだ正装のままである。俺はパジャマに着替えさせられていた。
「大丈夫かい? アーサー」
「ああ……アルフレッド……」
 ずっとそこにいたのか……そう言おうとしてまた咳き込んだ。
「無理しないで、アーサー」
「無理なんかしてねぇよ。これは独立記念日が終われば治るんだから……」
「そう、良かった」
 アルがにこっと笑った。
 可愛いじゃねぇか。くそ。
「俺のことは大丈夫だから……パーティー戻れ」
「ええっ?! こんな状態の君を置いて行けないよ」
 嬉しいこと言ってくれるじゃねぇか。でも。
 こいつは今日の主役なんだ。主役がパーティーほっぽってどうする。
 それに……さっきまで気付かなかったが、なかなか高そうな部屋じゃねぇか。
 VIPルームか? 俺の為に……。
 俺の、為に……。
 ぽろぽろと涙がこぼれた。
「アーサー、どうしたの? アーサー」
 ああ、俺がアメリカで体調を崩すと、アルは一生懸命俺の容体聞いたっけ。
 もちろん、俺も同様で、アルが風邪をひくと、一晩寝ないで看病したし。
 懐かしい思い出だぜ……。
 今日は、何でこんなにセンチメンタルなんだろうな。
 きっと……アルが大人になったせい。俺の手から離れて二百年。
 俺にはアルが絶対必要だったから……アメリカが独立した直後は、命の危機に陥ったっけ。
 一年間、生死の境を彷徨った。
「坊っちゃんは意外と情が深いからなぁ」
 そう言ったのは、フランシスの馬鹿野郎だ。
 それが本当か嘘かは知らんが、アルに裏切られたと思ったのは本当だ。
 フランシスのキザ野郎が命を落としたって、俺は痛痒を感じないが、アルが死んだら、俺は、俺という存在は消えてしまうだろうな……。
「アーサー……何考えてたの? 悲しそうな顔して」
「ん? アル。おまえが死んだら、俺は消えちまうだろうなって……」
「そ……そんなの絶対やなんだぞ! 俺も君も永遠に生き抜くんだぞ!」
「じゃ、あちこちで戦争ばっかすんじゃねぇぞ……」
「わかったよ」
「何だよ。今日はやけに素直じゃねぇか」
「だって……そんな状態の君を見てると……」
 アルはぐっと泣きたいのをこらえているようだった。
 情けないな、俺。アルが我慢してるのに、俺だけ泣いて……。
 これじゃ、ほんとの兄がどっちだかわかんねぇじゃねぇか。
「アル……」
 俺は、アルフレッドの頬を撫でた。
 アルは、こんな時に、意外な言葉を言った。
「アーサー。俺、もう二百歳になんだぞ」
 わかってるって。でも、『アメリカ』という国になる前から、ずっとおまえは存在してたじゃねぇか。
「だから……だから……」
「何だ?」
「俺にアーサーのこと、抱かせて欲しいんだぞ」
 ずるっ。
 ベッドに寝てなければ、絶対にコケていたところだ。
「百年早いんだよ。バーカ」
「馬鹿じゃないもん。アーサー」
 アルは俺の血で汚れた唇にキスをした。
「少し、発作治まった?」
「ああ……少しな」
 俺は頬が熱くなるのを感じた。
 アルは、俺が好きなのか? それとも、いつものように冗談としてからかっているだけ?
「おまえがいっちょまえの紳士になったら、抱かれてやらんこともないぞ」
「ほんと?」
「ああ、本当だ」
 ぽんぽんぽーん。花火が上がる音が聞こえた。
「あっ、花火だよ! アーサー、花火見ない?」
 アルが部屋のカーテンを開けてくれた。
 空に散る花火は、それはそれは綺麗だった。盛大で、派手で、アル好みの――。
 アルは、この日の為に、あれやこれやと計画を練っていたに違いない。
 それが俺のせいで、パアになっちまったんだ。
「今日はすまなかった。アル」
「何で君が謝るんだい? ――来てくれてありがとう」
 アルは俺にもう一度キスをした。

 後で、個人的にアルにユニコーンをプレゼントをしてやったら、アルは怯えていた。何でだ?(注:ユニコーンはアルフレッドには見えないのです)

後書き
書いてて砂吐きました。有り得ないこんなアメリカ(アル)。
取り敢えずアメリカ独立記念日おめでとう!
あ、それから、フランシスが亡くなったら、やっぱりアーサーも悲しむと思うんだ。あんなこと言っててもさ。
2011.7.4

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