ホァンちゃんと楓ちゃん 前編

「おーい、ドラゴンキッド。俺の実家行ってみないか? 楓もちょうど冬休みだしよ」
 ワイルド・タイガーこと鏑木・T・虎徹が気楽な調子で誘う。ちなみに楓とは、虎徹の娘のことである。
「え? でも、いいの?」
「ああ、いいともさ。楓も会いたがってるし」
「へぇ~、じゃあ行ってみようかな、ボク」
 ドラゴンキッド――本名、ホァン・パオリンは虎徹に対して嬉しそうな顔をした。ボク言葉だがれっきとした女の子である。
「僕も行ってもいいですよ。虎徹さん」
 割り込んで来たバーナビーに、
「あ、おまえはいいや」
 と虎徹はあっさり返す。その言葉にバーナビーは涙を流しながら引っ繰り返った。
「ああっ! バーナビー!」
「ほっときなさいよ、キッド」
 カリ―ナがしれっと言う。
「それより、わたしは行ってもいいんでしょうね」
「おう」
 虎徹が快く返事する。
「で、いつ?」
「明後日だな」
「明後日か――その日ライブがあるのよね……」
「そっか。がんばれよ」
「タイガ―は……」
「ん?」
「何でもない。明後日のライブ、フケるわけには行かないし」
「そうだよね。仕事だもんな」
「わ、わたし、がんばるから!」
「お……おう」
 カリ―ナの意気込みに少々気圧された虎徹であった。
 バーナビーがトレーニングルームを出ようとする。
「あ、待てよ、バニ―。そんなに来たいんだったらやっぱおまえも来ていいや。楓も喜ぶだろうし」
「結構です」
 さっきの虎徹の応答にへそを曲げたらしいバーナビーが去って行った。
「何あれ……拗ねちゃって大人げなーい」
「いいじゃないの。ローズ」
 カリ―ナは仲間からはローズと呼ばれている。ちなみに今の声の主はネイサンだ。
「そういうところが可愛いのよ。ハンサムは。んー、突っ張っちゃって」
「ありゃ、俺、バニ―ちゃん怒らせちゃったかな」
「気にしなくていいわよ。タイガ―。一日したらけろりよ」
「そうよ。心配いらないわ」
 ネイサンとカリ―ナが言う。虎徹がきょろきょろし出す。
「スカイハイのヤツはどうした」
「ジョンが風邪ひいてつきっきりで看病しているらしいですよ」
 虎徹の疑問にイワンが答える。ジョンとはスカイハイ――キース・グッドマンの飼い犬である。
「――早く良くなるといいな」
 虎徹は父親の目をした。
「そうですね」
 イワンはどことなく嬉しそうな顔をした。
「んじゃ、あいつには後で連絡するとして――おい、アントニオ、おまえはどうする?」
「おまえの実家へか? いつだって行けるじゃねぇか」
「ま、それはそうなんだけどよ」
 虎徹は小麦色の頬を掻く。
「アタシも店が忙しいから無理ねぇ……」
「折紙、行けるか?」
 虎徹はイワンに訊いた。
「僕ですか? ……僕なんかが行ってもいいんですか?」
「おう。大歓迎だ」
『大歓迎』の言葉にイワンは少し照れくさそうな顔をした。
「でも、バーナビーさんは……」
「ああ。いつでも来れるさ。今はさ、バニ―ちゃん連日の取材で疲れてるようだから」
「まーったく。不器用なんだから、どっちも」
 ネイサンが溜息をもらす。
「ちょっと待てよ。不器用ってどういうことだよ」
「ハンサムももう少し素直になれればねぇ……」
「話が見えねーぞ、ネイサン。おーい……」
 そんな彼らのやり取りををよそに、ホァンは、タイガ―さん家って楽しそうだな――と思った。

 そして、当日――。
 虎徹の携帯にイワンからの連絡があった。
「虎徹さん、不覚でござった……」
「何だよ。折紙」
「風邪ひいてしまったでござる」
「風邪ぇ? そういえばジョンも風邪ひいたって言ってたな。スカイハイのところでうつされたか?」
「まさか――」
 笑おうとしたイワンが咳き込んだ。
「やぁ、ワイルド君」
 画面の中にアメリカのヒーロー物に出て来そうな爽やかな青年が映った。
「す……スカイハイ?」
「折紙くんが風邪ひいたって聞いたからお見舞いに来てるんだよ。風邪引いたジョンのそばについてるとね――ジョンがこう……心細そうにしてるんだよ。それで、折紙くんもさぞかし同じような気持ちを味わってるんじゃないかとね」
「犬と同列に並べられてんのかよ。折紙……」
 折紙がちょっとへこんだ顔をした。キースが言った。
「ジョンは犬好きのおばさんにあずけたよ。ジョンを養子にもらいたいって」
「犬を養子にか! 傑作だな!」
「もちろん、ジョンは私の大切な、そして大切なパートナーだからね。丁重にお断りしたよ。そういうわけで、今日は君の実家には行けない。すまない、そしてすまない」
「わかった、わかった。次があるさ、次が」
 虎徹とキース、お互い話好き同士会話が弾んでいる。
「タイガ―さん」
 ホァンが虎徹を呼んだ。ホァンは紫苑の髪飾りをして、いつもよりお洒落な格好をして来た。
「あ、じゃあ、切るぞ。スカイハイ。折紙も早く風邪治せよ!」
「はい……」
 電話はぷつんと切れた。
「じゃ、行こうか。キッド」
「うん」
 折紙さん、大丈夫かな――と思いながら、ホァンははぐれないように虎徹の手を握った。

「お父さん!」
 駅のホームで虎徹の娘、楓が出迎えてくれた。
「あれ? その子は?」
「ああ。ドラゴンキッドだ」
「ボク、本当はホァン・パオリンと言います」
「あーっ! ドラゴンキッド! この間の活躍かっこよかったよ。すかっとしたんだから。さ、宜しくね。行こう行こう」
「あ……うん……」

2012.12.24

後編→


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