ホァンちゃんと楓ちゃん 後編

 ホァンは楓に手を引っ張られる。それを虎徹は微笑ましそうに眺めていた。
「あ、自己紹介がまだだったね。わたし、鏑木楓だよ。楓って呼んで」
「じゃあ、ボクのこともホァンって呼んでよ」
「ホァンちゃん? 自分のことボクって言ってるの?」
「へ……変かな?」
「ううん。ちっとも。かえってホァンちゃんに合ってるみたい!」
「そ……そうかな?」
「折紙さんは?」
「風邪ひいたって。ありゃ熱も出てるな」
「へぇー……折紙さんて、素顔は美少年だってどこかで聞いたことあるから、会ってみたかったなぁ……。バーナビーも来ないし」
 楓がこころもちしょんぼりする。
「さぁ、嫌なことは忘れて、キッドを歓待するぞ」
「うん!」
 ――虎徹の娘だけのことはあって、楓は立ち直りが早かった。

 オリエンタルタウン唯一のブティック島田屋――。
「あーっ! これ可愛い!」
「楓ちゃんは水玉が好きなんだね」
「そう! 大好きなの! ホァンちゃんにはこれなんかいいんじゃない? 髪飾りにも合うし」
「えー? ちょっと派手じゃないかなぁ」
「試してみたら?」
 きゃあきゃあとはしゃいでいる年頃の娘達を見て、虎徹もつられて笑顔になる。
「お父さん、見て見て!」
 ドレスを試着した楓とホァンが並ぶ。得意そうな楓に、恥ずかしそうなホァン。
 楓は白地に赤い水玉の、ホァンはピンク色のフリルのついたワンピースをそれぞれ着ている。
「おー、二人ともかっわいいー」
 虎徹はスマホでパシャパシャ。まるで撮影会だ。
「ビデオも持ってきた方が良かったかなぁ」
「やめてよ、お父さん、いい加減にして!」
 楓が怒ると、その様も可愛くて、虎徹はつい顔が緩む。
「あは、悪い悪い」
「ね、ホァンちゃん。その服、うちのお父さんに買ってもらいなよ」
「えっ……でも……」
「その服が気に入らないの? だったら他のにする?」
「う、ううんっ!」
 ホァンは服そのものは気に入っているようである。でも――。
「買ってもらうなんて、タイガ―に悪いよ」
「遠慮なんかしなくていいんだぞ。買い物をする為に俺がついてきたんだから」
「ほら、お父さんもああ言ってることだし」
「うん……」
 ホァンの頬が火照って来た。
「ありがとう、タイガ―。楓ちゃん」
「いいってことよ」
 虎徹は笑顔で頷いた。楓とホァンはそれを買ってもらうことにして、一旦試着室でワンピースを脱いで元の洋服に着替えた。
「さ、次は上着買おうよ、上着」
「ま、待ってよぉ!」
 楓とホァンは声を弾ませて店のはじっこの方へ行く――すっかり意気投合した二人であった。

「じゃあね、ホァンちゃん。また来てね。お父さんも」
「すっごく楽しかったよ。また遊ぼうね。楓ちゃん」
 ホァンと楓は握手を交わした。電撃の能力がうつったかな、とホァンは考えた。楓は体のどこかがNEXTに触れるとそのNEXTの能力をコピーしてしまう力の持ち主である。
「――あ、そうだ。これ、バーナビーからの手紙」
 虎徹がズボンのポケットから手紙を出して楓に渡した。
「わたしに?! ありがとう! お父さん!」
「後でじっくり読んでみな。パパにも何て書いてあるのかわかんねぇけどさ。楓に渡してくれって」
「うん。後でお父さんのいないところでじっくり読む!」
「こいつ!」
 そう言った虎徹も笑顔だった。
 ホァンにとって一拍二日の旅行は夢のように楽しかった。美味しい食事。気のいい家族。楓の母親の友恵が亡くなっていたのが残念だったけど。
 楓と一緒にお風呂に入ったり、夜中まで語り合ったり……。最初は戸惑っていたホァンも、すっかりくつろいだ気分になった。
「楓ちゃん、今度はボクの家に泊まりに来てよ。ちょっと遠いけど」
「わかった。絶対行くっ!」
「俺もついてってやろうか?」
「お父さんはいいの!」
「そんなぁ、楓~」
 ――情けない声を出した虎徹に二人の女の子はきゃはははと笑った。
「――バニ―の気持ちが少しわかったような気がするぜ」
「え? バーナビーがどうしたの?」
「いいや、何でもない」
「お父さん、この次は絶対バーナビーも連れてきてね」
「わかったよ」
 虎徹は娘のお願いに苦笑いをする。そして、楓の頭を撫でようとしてやめた。
「どうしてやめるの?」
 ホァンの純粋な質問に、
「いや、俺がうっかり触ると能力の減退がうつっちまうかなー、なんて」
「そんなことないよ!」
 と、楓。
「あのね、タイガ―さん。楓ちゃん、本当にタイガ―さんが大好きなんだよ。自慢のお父さんなんだって」
 ホァンが説明する。
「そうだよ……減退、うつるならうつってもいい。触って欲しい……」
 楓が俯いた。最後の方は小声で言った。
「――そうか……じゃあな、楓」
 虎徹は楓の頭を軽く撫でた。
「ホァンちゃーん! お父さーん! またねー!」
 駅のホームで楓が叫ぶ。
「――楓ちゃん、いい子だね」
 ホァンが嬉しそうに呟いた。
「ボク達、友達になったよ」
「良かったな」
 虎徹が窓の外を見遣った。どこか晴れやかな感じがした。

「あらー、なぁに。キッドったら。可愛いカッコして」
 ヒーローの溜まり場になっているトレーニングルーム。ネイサンに褒められてホァンは照れながら、
「タイガ―さんが買ってくれたんだよ。楓ちゃんに見立ててもらって」
「ほんと、超カワイイ!」
 カリ―ナが褒めると、ホァンはえへへ……とはにかみながら笑った。汚すといけないから着替えて来る――そう言い置いて踵を返す。
 その時、虎徹さん、とバニ―の声がした。ホァンはつい足を止めた。
「ファイヤーエンブレムさんから聞きました。虎徹さん。えーと……僕のことを考えて断ったんですよね。僕が虎徹さんの実家に行くのを」
「あー……。でも、来たいんだったら来ていいってその後言ったろ。それから楓が――今度はバーナビ―も連れて来いとさ」
 みんなが嬉しそうに笑いさんざめく。ホァンは微笑みを浮かべてロッカールームに入って行った。

後書き
私なりのクリスマス話です。ちっともクリスマスの雰囲気が出てませんが(笑)。
ホァンちゃんと楓ちゃんを描くのは楽しかったです♪
『島田屋』というのは、私の近所の洋服屋さんの名前をもじったものです。
それでは。幸せがあなたのところにも届きますように……☆
2012.12.25

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