マンハッタンはラブラブ

「そういや俺、マンハッタンに行ったことねぇなぁ」
 虎徹が何の気なしに放った一言が、彼の運命を決めた。
 そばで聞いていたバニー――バーナビーが張り切った声を出して言う。
「じゃ、今から行きません?」
「え?」
 虎徹は首を傾げたまま固まった。
 たっぷり残っていた有給休暇を使って、バーナビーと虎徹はマンハッタンの地に降り立った。
「おー、すんげぇ。見ろよ、あれ」
「はしゃがないでください。まるでおのぼりさんですよ」
「いいじゃねぇか。わっ、こっちもすげぇ」
 虎徹は持って来たカメラとスマホのカメラ機能で夕宵の街並の写真を撮りまくっている。
 全く、これだからおじさんは。
 でも、可愛い……。
 このはしゃいだ虎徹の姿を見られただけでも、ここに来た甲斐はあったと、バーナビーは思った。
 バーナビーにも連絡があった。ブルーローズからだ。
(何だろ……)
「はぁい」
「はぁい、なんてスカしてんじゃないわよ! ハンサム!」
「何の用ですか? ローズさん」
「アンタら二人してマンハッタン行きですって?! ずるいわよ!」
「すみません。ローズさんも誘おうと思ったのですが」
 バーナビーはいけしゃあしゃあと嘘をつく。
「もしかして、抜け駆け?」
「そんなはずないじゃありませんか」
「――まぁいいわ。お土産買ってきてちょうだいね」
「了解」
 電話は切れた。
「ローズからか?」
「お土産買ってきて、だそうです」
「ああ、じゃ、俺も楓に何か買うか」
「お供します」
「あー、でも、すっかり暗くなっちまったな」
「まだ食事もしてませんよ。あそこに入りません?」
 なかなか食わせそうな店がある。
 彼らはそこで食欲を満たした。一生懸命食べている虎徹の姿を見て、バーナビーは微笑ましく思った。
「ビルの中でも見に行きません? 夜景が綺麗ですよ」
「そうだな」
 虎徹は油にまみれた指を舐めながら答えた。バーナビーはあらぬ方向に想像が走るのをぐっとこらえた。
 二人はビルに入って行く。なかなかに混雑していた。
「ふー、人がいっぱいですね、虎徹さん」
 隣にいるはずの虎徹の返事がない。
「――虎徹さん?」
 人波にはぐれたらしい。手でも繋いでおけば良かった。
 マスコミ対策が裏目に出た。虎徹と手を組んでいたら、何を書かれるかわからないと思ったのだ。
 けれど、今時手を組んだぐらいで記事になるはずがない。しかし、自分達はヒーローなのだ。しかも、噂は流れつつある。
 僕はいいけど虎徹さんが――。
 虎徹さんとの関係が知れたら、楓ちゃんも傷つくだろう。虎徹さんも。
 この二人のことは一生かけても守ると、そう誓ったバーナビーである。
 その時――スマホが鳴った。
「虎徹さん!」
「わっ!」
 思わず大声で叫んだ。虎徹が耳を押さえているだろうことは容易に想像ができる。
「今な――三階のカフェテラスにいっから」
「はい。すぐ行きます」
 三階といえばこの階だ。バーナビーはすぐに行こうとした。ところが――
「きゃあっ! あれ、BBJじゃない?!」
「うわっ、ほんとだ! テレビで観るよりハンサムー!」
「こんなところで何してるのかしら。ロケとか?」
「この間のヒーロー密着番組、最高だったわよね」
 キング・オブ・ヒーローで、超美形と来れば、女達が放っておくわけがない。
 バーナビーのかけている六角形の眼鏡もシュテルンビルトでは流行っていると聞く。
 彼は自分の人気を甘く見ていた。虎徹のことしか考えていなかった。
「バーナビーさん! サインください!」
「私にも!」
「いつも応援してます!」
 えーと……。
「今、プライベートですし……」
 なんてことも言ってしまう。
 プライベートなど、最早、己にはない。
 ヒーローになる前にわかっていたことだ。
 それなのに、プライベートなどと言ってしまう。
(僕は何なんだ? 恋人と街を歩きたい。そんなささやかな楽しみさえ味わえないのか?!)
 理不尽にも、ファンの娘達が邪魔に思えて来た。
 そんな時、助けの声が――。
「おい、この人はこれから仕事なの」
 不意に割り込んで来た闖入者は――。
 くすんだ金髪、緑色の眼――だが、一番目につくのは太眉毛、だった。だが、かなり愛くるしい。
 バーナビーのプライベートはヒーローの仕事、ということになった。
 それも、太眉毛の青年が執り成してくれたおかげだ。
 礼を言ってバーナビーは去った。
 でも――このまま虎徹さんのところへ行ってしまっていいのだろうか。
 ファンの子達は僕の仕事のことを極秘任務だと思っているから大丈夫だろう。あの眉毛の目立つ青年に改めてお礼を言いに行こう。
 バーナビーが戻ると――修羅場が繰り広げられていた。
 メタルフレームの眼鏡をかけた金髪の青年と、さっきの眉毛青年が言い争っている。
「あのー……」
 バーナビーは声をかけた。そして、もう一度礼を述べた。二言三言話す。
「本当に助かりました。こちらもデート中だったもので」
「デート中?! 誰とだい?!」
「そちらもデートですか?」
「ああ。このアーサーに、マンハッタンを案内中なんだぞ」
 フライトジャケットを着た眼鏡青年が得意げに威張る。
 太眉毛の青年はアーサーか。アーサー王と円卓の騎士。立派な名前だ。
 この二人も相当ラブラブらしい。
「バーナビーの恋人はどんな女性なんだい?」
 あどけなさを残している眼鏡青年が訊く。
 女性か……。
 まぁ、或る意味君達と同じだよ。
 そう言ってやろうとしたが、笑いが顔に出て、即座には声が出なかった。
 可愛いといえば可愛いけどね。
「僕、もう行きます。可愛い恋人が待っているもので」
 そして、カフェテラスに向かう。せり出した壁に椅子を並べてあるところだった。
「よぉ、バニ―ちゃん」
 虎徹はジュースを飲みながら待っていてくれた。
「……疲れてる?」
「いいえ。どうしてそんなこと訊くんです?」
「何となく」
「これ飲んだら回復します」
 バーナビーは虎徹からジュースを取り上げて飲んだ。
「あーっ! それ俺の!」
「新しいのおごってあげますから我慢してください」
 バーナビーは「間接キス」と虎徹の耳元で囁いた。
「あ……」
 虎徹が照れたようにそっぽを向く。可愛い。
 バーナビー達はいつまで経っても熱々で、倦怠期の入る隙もない。
 窓からはマンハッタンの夜景がよく見えた。
 虎徹がジュースを飲み終えた後、バーナビーは肝心なことを小声で喋った。
 ――今夜は最高級のスイートルームを予約しましたからね。

後書き
いつぞやのアルアサと兎虎のコラボ小説、『ラブラブマンハッタン』のバニ―視点です。
2012.5.7

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