ニールの明日

第四十四話

「マリナ様を探しましょう!」
同行していたダシルが言った。
「マリナ様!」
駆け出したダシルは次々に扉を開ける。ニール達は彼についていった。
「マリナ様!」
ここにもいない。
「マリナ様~」
本当にどこにもいないと知って、ダシルは泣き出した。
「ダシル……気持ちはわかるが少し落ち着け」
グレンが窘める。
「マリナ様がいないと、今日の話し合いは無理ですわね」
困ったように呟く王留美と無表情の紅龍。昨日と同じように見えるライル。
そして、眉をひそめている厳しい顔の刹那。瞳は怒りに燃えている……ように見える。ニールの気のせいかもしれないが。
(刹那とマリナの間には、俺の知らない絆がある)
ただの勘繰りかもしれないがニールにはそう思えた。
(刹那……今、何考えている?)
「刹那……マリナ姫さんは大丈夫だよ」
ニールは刹那の正面に立って、肩に手を置いた。
俺には……このぐらいしかしてやれない。
刹那の煉瓦色の瞳に柔らかさが戻った。
「ああ、おまえに大丈夫と言われたら、本当に大丈夫な気がしてきた」
刹那の答えにかえって勇気づけられたニールが微笑んだ。
刹那が執事にきいた。
「この宮殿には、隠れ場所や秘密の通路はないのか?」
「あります。今調べている最中です」
「そうか……他に変わったことは」
「シーリン様も見当たらないのです」
「シーリンからも連絡がないんだな」
「ええ。私どももシーリン様が怪しいとは思ってますが……」
ニールはライルが、
「クラウスめ……」
と口にしていたのを聞いたことを思い出していた。
実の弟を疑いたくはない。疑いたくはないがしかし……。
「ライル、おまえ、何か知ってるんじゃないのか?」
「え、ああ……確証はないけどな」
「クラウスが主導者で、シーリンがマリナ姫を連れ出した。……違うか?」
「それは……」
ライルが言葉を紡ごうとした時だった。
「姫様がっ!モニタールームに連絡がっ!」
すっかり動転しているお手伝いの女性が走ってきた。
「行こう!」
ニールが叫んだ。ダシルも続いた。
「行きましょう!」
ニール、ダシル、刹那、グレン、王留美、紅龍……最後にライルが案内役のお手伝いの女性の後を追った。
着いた先はモニタールームだった。
ドアを開くと、長い黒髪のマリナ・イスマイールの憂いを帯びた美しい顔が画面に大写しになっていた。
「皆様申し訳ありません。……こんなことになってしまって」
画面の中のマリナが言う。
「いえ!マリナ様が無事なら俺は……」
ダシルが叫ぶ。王留美は静かに言った。
「何が起こったのですの?マリナ皇女様」
「それは……今は言えません」
「いや、言っても大丈夫だ。この人達は皆俺達の仲間だ」
ライルが言った。
「……カタロンの?」
マリナは微かに目をみはった。
「いや、カタロンは俺だけ。でもCBともつながりを持ちたくて、王留美のところに潜入してたんだ」
「そんなこと、べらべら喋って大丈夫なのですか?」
王留美が意外な様子で……しかも少し心配そうにライルにきいた。
「ああ。アンタらにはもう隠しても仕様がないと思ってな。それに、CBとは協力関係を結びたかったから。いずれ俺の正体もアンタらに話すことにしてたよ」
ライルの台詞に、
「そうだったのですか」
と王留美は満足そうに頷いた。
「私はカタロンと手を結ぶことに何ら異存はございませんわ」
「お嬢様!」
紅龍が王留美を止めようとした。この二人が兄妹と知っているニールは些か複雑な気分だった。
「マリナ!」
今度は刹那が叫んだ。モニターの向こうの皇女に向かって。
「アンタは無理矢理連れ出されたのか?それともアンタから案内してもらったのか?」
「来た時には何が何だかわからなかった……シーリンが説明してくれたのです」
「カタロンも戦いを肯定している。アンタはカタロンと手を結んだのか?」
「違います」
「なら、何故そこにいる。アンタの顔を見ていると、別段人質にされてひどい目に合わされたというわけでもなさそうだし……」
その時、子供の笑い声が聴こえた。
泣き声じゃない、笑い声だ。
静かにしなさーい、とシーリンの怒鳴り声が聴こえた。
「……皆様にご迷惑をかけるのは悪いと思っていました。けれど、あの子達の様子を見たら、帰るに帰れなくなって……」
「情に流されたのか。皇女失格だな」
刹那が言うと、
「マリナ様はお優しいんです」
と、ダシルが割って入った。
「いや、セツナの言う通りだ。おまえらは甘過ぎる」
グレンの冷たい声が飛んだ。グレンの言うおまえらとは、ダシルやマリナのことだろうか。
グレンだってダシルを甘やかしているくせに……ニールは密かに心の中で呟いた。
「確かに貴女に皇女は向いていなさそうですわね」
と、王留美。
「全く……本当にそうですわね」
皇女に向いていない。
そういう自分についての棚卸しをマリナは微笑みすら浮かべて聞いていた。

2012.9.24


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