ニールの明日

第四十三話

白い光が眩しい。
ついさっきまで睦み合ってたんだなと、ニールは刹那の頬を撫でた。刹那の瞼が開いた。
ベッドに横になっている刹那を置いて、ニールはシャワーを浴びる。幸いここの部屋のシャワールームには異常がないらしい。
「ああ、気持ち良かった」
ニールはすっきりした顔で簡単に髪を乾かしバスルームを出た。
「刹那、おまえもシャワー浴びて来いよ」
「……言われなくてもそうする」
刹那はしんどそうに立ち上がる。
「大丈夫か?」
「ああ、大丈夫だ」
ゆうべ無理させ過ぎたかな?と、ニールは一応反省する。そして、欠伸を噛み殺す。
「刹那……洗ってやろうか」
「断る」
刹那が即効で答えた。
刹那がシャワーを浴びている間、ニールはベッドに寝転がっていた。
あの話が本当なら……王留美に何かあったら次の王家の当主は紅龍か……?
「頼りなさそうだな」
ニールはひとりごちた。そして目をつぶった。
あの男は秘書としては有能だろうが、当主としては王留美の方が相応しいだろう。性別を取り替えることができたらな……とは、秘密を知る誰もが思ったことだろう。
ぽた、と水滴が落ちた感覚が頬にした。
何だろう。
ニールが目を開けると、タオルを肩にかけた那が覗き込んでいた。
「よぉ、刹那。俺を襲いに来たのか?」
ニールは片頬笑みをした。
「いや、……寝ているのかと思った」
「近かったな。俺にキスでもしようと思ったのか」
「馬鹿なことを……行くぞ」
しかし、刹那は少し狼狽していたように見えたのは気のせいだったろうか。そんなそぶりを見せる青年ではなかったが。
全く、素直じゃねぇんだから。でも、そんなところも好きだぜ。
ニールは刹那の後頭部に手を添えて、唇を寄せた。
互いの唇が触れ合う。
「ニール……」
刹那が陶酔したように呟いたが、
「こんなことしている場合ではないだろう」
と、ニールの胸元に手をやって押し退けた。ニールはこのまま刹那とゆうべの続きをやった方がさぞかし楽しかろうとは思ったが、確かに刹那のいう通り、こんなことをしている場合ではない。
「わかったぜ」
「……いやに素直だな」
「その代わり、今夜もまたやろうな」
刹那は黙っていたが、その沈黙をニールは賛成と受け取った。本当に嫌ならば断っているはずである。
「おまえがシャワー浴びている時に紅龍から連絡があった。七時にレストランだそうだ」
「七時か……ちょうどだな」
「早く言わなくてすまない」
「いやいや。まだ間に合うからな」
ニールは笑って頷いた。

「ライル!」
「おはよう、兄さん!」
二人は抱き合わんばかりに喜んだ。
「お嬢様は?グレンとダシルは?」
「あそこ」
ライルは観葉植物の向こうを指差す。王留美とグレンとダシルは楽しそうに談笑している。紅龍は会話には加わってなさそうだが、それがいつものことなのであろう。……王留美は本当に楽しんでいるのかいまいちよくわからないが。もしかするとよそ行きの態度なのかもしれない。それにしてもエレガントだから、グレンが夢中になるのもわかるかもしれない。
「兄さん……」
ライルが耳元で早口に囁く。
「王留美さんさ、『盗み聞きはいい趣味とは言えなくてよ』と言ったんだぜ。やっぱり気付いてたんだな」
「…………」
やはり王留美もただ者ではない。
ニールと刹那はライルと一緒に席に着いた。
料理はどれも美味しかった。特に肉料理が。名前はわからないけど、スパイスが効いててジューシーだった。
「さてと……じゃ、マリナ姫のところに向かいますか」
ライルが立ち上がると、
「マリナ姫の!ああ、ようやくまたマリナ姫に会えるのですね!」
とダシルが目を輝かせて言った。ニールはぷっ、と吹き出した。
「ダシル、おまえさん、本当にマリナ姫が好きなんだな」
「ええ!ニールさんがセツナさんのことを好きなようにね」
「ははは、こいつは一本取られたな」
笑い合うニールとダシルに、
「置いてくぞ」
刹那がぶっきらぼうに告げた。

アザディスタンの宮殿の敷地に着くと、刹那が眉をひそめた。何か変事を悟った時の表情だ。
「どうした?刹那」
ニールの質問に、
「いいや、何でも……気のせいだといいが」
「?」
ニールがクエスチョンマークを飛ばしていると……。
召し使いらしき女性が慌てて走ってきた。
ニールが「どうした?」ときく前に、刹那が、
「マリナは?」
と尋ねた。
「姫様は!いなくなったんです!」
「どこかに出かけたんじゃないのか?」
と、ニールが言った。
「そう、でしょうか。姫様は……そういう時には誰かに言います。それに、何かあってもシーリン様が連絡を入れてくるはずですし」
「でも、まだいなくなってからそんなに時間は経ってないんだろう?いなくなったのはいつだ?」
「ゆうべからかと……でも、あなた方が来ることは私達も知っていましたし、会見を放って出ていかれるお方ではないのですが」
それを聞いて、ニールは考え深げに顎を押す。
「とにかく宮殿に入っていいか?」
「はい……」
ただ一人ライルだけが、
「クラウスめ……」
と呟いていた。

2012.9.12


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