ニールの明日

第四十六話

「さてと、これから俺達はクラウスのところに行くが、兄さん達も来るよな」
「当たり前だろ」
「俺もクラウスと言う奴の顔を拝みたい」
ニールと刹那がライルの呼びかけに同意した。
「王留美達にはもちろん来てもらうとして、グレン、ダシル、おまえ達はどうする?」
「行こう。乗りかかった船だ」
「グレン様が行くなら、俺も行きます。……グレン様みたいな方向音痴が単独行動できる訳ないですから」
「うるさい」
グレンがダシルを小突いた。でも、ニールはひっそり、
(その通りだよな)
と、笑いを堪えていた。
「よし、じゃあ決まった」
「あの……」
このモニタールームに来ていた執事が言った。
「マリナ様は……大丈夫なのですね。無事この宮殿に返してもらうことができるのですね」
「ああ。大丈夫だよ。姫様のことは。クラウスは女性をひどい目に合わせることはしない。マリナ姫なら尚更だ」
「お願いします」
執事は深々と頭を下げた。
それにしても……とニールは思った。
ライルは商社マンをしているものばかりだと思っていた。カタロンでジーン1なんて呼ばれて、重大な仕事を任されていたなんて。
知らなかった……。
双子の弟のことでさえ、こんなに知らないことがあるのなら、刹那のことなんて知らないことだらけではないのか?
俺は刹那のことをどのぐらい把握しているのだろう……。
刹那はニールの恋人だ。でも、知らないことばかりだ。
「ライル……恋人はいるか?」
ニールが問うた。
「いない」
相手の答えは簡潔だった。
「いないのか?」
ニールには意外だった。ニールは自分でも言うのも何だが、いい男だと思っている。ライルも自分と同じ顔をした、なかなかハンサムな男だ。
「俺にも理想はあるんだよ、兄さん」
つまり、理想が高いということか。
「おまえの理想って?」
「美人で頭が良くて、気立てが良くて料理が上手くて床上手な女だ」
「そんな女いるか」
「兄さんだって面食いのくせに」
「……まあな」
刹那が女であっても、ニールは惚れたであろう。
「じゃ、早く行こうぜ」
ニールは言った。
「姫様のこと、くれぐれも宜しくお願いします」
執事が重ねて丁寧にお辞儀をした。
「せっかくだから、私達も何か御馳走を用意したいと思ったのですが」
お手伝いの女性が言った。
「しかし、今は場合が場合だからなぁ……」
「御馳走になろうぜ、兄さん。宮殿の食事を口にすることができるんだ。こんな機会滅多にないぜ。なあに。姫様だったら無事だよ。カタロンは人道的な組織だ」
「一国の皇女を勝手に連れ去る組織が人道的ねぇ……」
「懐疑的になるなよ、兄さん。人生楽しくなくなるぜ」
「わ、私、腕を奮います」
お手伝いの女性の頬がぽっと赤くなったように見えたのは気のせいか。
「私も、姫様の身柄だったら大丈夫だと信じることにいたします。シーリン様がいらっしゃるようですから。彼女が姫様を傷つけるようなことをするとは考えられません」
「そうだな」
執事の言葉に刹那が頷いた。
「それに、あんな楽しそうなマリナ、初めて見た」
刹那の言葉に、ニールはマリナに対する一国の皇女の重責に思いを馳せた。
皆、何かしら事情があるのだ。
ニールだって、テロリストに復讐しようとして命を失うところだった。……いや、失っているのかもしれない、既に。ニールは自分が幽霊のような気がしてきた。
それでも今生きているのは……。
刹那の為だ。そして、二人で築く明日の為に。
(明日の為……)
人は未来の為に今日を生きている。今を愛して。
刹那がマリナを好きであっても、俺は刹那を愛する。それがニールの誓いであった。
ニール達は応接間へと案内される。
ライルが端末で何事か打ち合わせしているようだ。相手はカタロンの者だろうか。小声なのでよくわからない。
「刹那……俺な」
「何だ?」
「おまえがマリナ様と結ばれても、俺はおまえのこと……」
「馬鹿なことを考えるな」
刹那は素っ気なく言った後、呟くように続けた。
「人の気もしらないで……」
それは聞き違いだったのかもしれない。でも、聞き違いでなかったら何となく嬉しいとニールは思う。
王留美とグレンも二人で話している。王留美もグレンに好意を持っているようだ。ダシルは宮殿の小間使いを相手に話をしている。紅龍は黙って部屋の隅に控えている。
時計が正午を回った。
「これが……昼飯?晩餐の間違いじゃねぇか?」
ニールが目を剥いた。
「はい。これがお昼ですよ。そのうち本当の晩餐にもご招待しますわね」
ニールが名前も知らない料理がずらりと並んでいた。どれも美味であった。
(太りそうだな……)
こんな大御馳走を食べながらスレンダーなボディを保っているマリナやシーリンが不思議だった。彼女らは意外と大食漢なのかもしれない。

2012.10.16


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