ニールの明日

第四十七話

かちゃり、と刹那が匙を置いた。
「どうかなさいましたか?」
給仕役の青年が刹那にきいた。刹那は言った。
「これはガーリエ・マーヒーか?」
「左様でごさいますが、お気に召しませんでしょうか」
「いや、懐かしくてな……ありがとう」
「思い出のお味なのでございますか」
「ああ」
そういえば、ガーリエ・マーヒーが好物だと刹那から聞いたことがある。ニールの心が何となく和んだ。
(良かったな、刹那)
反対側に座ったダシルがこれでもかというぐらい御馳走を口に詰め込んでいる。
「おい、ダシル。もっとゆっくり食え」
グレンが注意した。
「は、はんへふは?」
と、ダシル。グレンは呆れたように顔を覆った。
「グレン。放っておけ。俺もこんな上手い料理は初めてなのだからな」
ライルが言うと、グレンが不機嫌そうに呟いた。
「金というのはあるところにはあるのだな」
ゲリラ兵であるグレンは貧富の差に腹を立てているようであった。もちろん彼もこんな御馳走は初めてであろう。世界に名だたる金持ち王家の当主、王留美と、貧しい者の為に戦うゲリラ兵のグレン。この二人は果たして上手くいくのだろうかとニールは他人事ながら心配になった。
王留美は上品に魚を切り分けている。紅龍も同じように食しているので、きょうだいって妙なところが似るのだなとニールは感心してしまう。
もちろん、ニールも料理を思い切り堪能した。食べられる時に食い溜めしておくに限る。しかも、こんな美味な昼食だ。文句を言っては罰が当たる。
「クラウスの部下にはよく言い含めておいたから、ゆっくり食べていいぜ」
ニールはライルの心使いにありがたく従うことにした。

何台ものジープが砂漠を行く。お腹も膨れたニールは外の風景を見ながら、腹ごなしに運動をやりたいな、と思っていた。そんな場合ではないのはわかっていたし、刹那に断られるだろうことも予想がついていたが。
「さあ、ここから先は歩いて行くぞ。俺達の護衛をしてもらってご苦労だったな」
ライルが宮殿からやってきた男達に礼を言う。
「姫様を頼みます。……ライル様もご無事で」
護衛長が頭を垂れる。ニールはライルとは別々のジープに乗っていたが、いつの間にか護衛と言う名の見張りを味方につけてしまったらしい。その手際にニールは舌を巻いた。
(勝手に一人前の男になりやがって)
だが、ニールは得意だった。今では唯一の肉親になったライルの成長は素直に嬉しい。
「またおいでください。今度はアザディスタンの街をご案内いたします」
「ああ。客をたくさん連れてくるからな。行こう、兄さん」
「ああ、またな」
ニールは男達に手を振った。彼らは儀礼的ではない温かい目でニールとライルを見守っていた。気がつくと刹那がひっそりと傍に寄り添っていた。
「刹那……そのかっこ似合ってるぜ」
「……ありがとう」
刹那のぶっきらぼうな礼にニールは嬉しくなった。ニール達は全員、暑さ避けの格好をしていた。
風はない。太陽がじりじりと照り付ける。先頭を行くライルの後に続いて行くニール達。
「暑さで参らないか、刹那」
「心配はいらない。俺はもともとこっちの人間だったからな」
「ああ、そうだったな」
振り向いたライルが和やかな表情を見せた。
刹那の出身地、クルジスはもうない。だが、刹那の故郷は刹那自身の中で生き続けている。せめて、アザディスタンは救おうと刹那は誓っているのだろう。神を信じない刹那は、自分と、神格化したガンダムに対して。
(俺がガンダムだ)
その時ニールは一笑に付したが、だんだん笑えなくなってきた。
こいつは本当に、ガンダムと神になるつもりではないのだろうか。そう思うようになっていた。
ガンダムは所詮は機械だ。だが、ニール自身もデュナメスやAIを搭載されたハロには特別な思いがある。
ニールでさえそうなのだ。刹那のガンダムに対する想いは如何ばかりか。
(戻りたい。CBに)
不意に、トレミーの皆が懐かしくなった。リヒティとクリスの子供はもうとっくに産まれている。
ティエリアはどうしているだろうか。そして、良き友アレルヤはどこにいるのだろうか。アレルヤ……。
心臓の辺りがきゅうっと痛くなった。アレルヤが死んだら、ティエリはどうなるだろうか。それに……自分だってアレルヤとまだ酒も酌み交わしていないのだ。
しかし、ニールにはアレルヤが死んだ気がしない。
あいつはきっとどこかで生きている。
落ち着いたらティエリアに連絡しようとニールは思った。
「着いたぜ」
ライルが言う。その街は、街というより、スラムと呼んだ方がしっくり来るような場所だった。

2012.10.25


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