ニールの明日

第四十二話

ライルが端末にデータスティックをセットする。少し荒い画像が映る。
「お嬢様、少しお休みになられては」
「あら、紅龍。私は平気でしてよ」
「何だ?お嬢様と側近がデキているというネタか?」
口を出すニールに、「しっ」と刹那が唇に人差し指を当てて制する。
「……いえ、今はもうこう言ってもいいかしらね……お兄様」
「何だって?!」
ニールが驚いた声を上げた。
「紅龍が、王留美の……兄?」
ニールはくしゃりと髪をかきあげた。
しかし、それでわかった。あの二人の微妙な距離感の正体が。
内心の動揺を隠してニールが続けた。
「ちょっと驚いたけど、それが何か?」
「それが何かだと?」
ライルが眉をひそめた。
「王留美は敵も多いんだ。この情報が外部に流れたら、世界が上を下への大騒ぎになるに違いない。特に、ガンダムが活躍していた時代にそれがわかったらどうなっていたと思う?紅龍も王家の血を引く者として、お家騒動に巻き込まれてたかもしれないぜ。いや、もしくは今だってどんな騒ぎが起こるか……」
「お嬢様もお嬢様で大変なんだな。それにしても、俺達……いや、俺達じゃなくても、人にわざと聴かせるような台詞回しだな」
ニールは茶色の髪の毛先をつまんで回す。
ライルは参った、とでもいう風に息を吐く。
「さすが兄さん。いい勘してる」
「おだてても何も出んぞ」
刹那との情事を邪魔され、くさくさしているニールがつい不機嫌な声を出してしまった。
「王留美も気付いていたんだろうな」
ライルが言う。ニールが口を開いた。
「まあ、でも、お嬢様と紅龍がきょうだいだったというネタは面白かった……わかったからとっとと帰れ!」
「待て、ニール。短気を起こすな。紅龍を王家の当主に、という動きはないのか」
「それがわっかんねぇんだよなぁ……俺が知る限りでは、ないな」
と、ライル。
「そうか……」
刹那は親指で顎を押した。ライルの意見を反芻するかのように。
「ところでライル、クラウスとは何者だ?」
「あん?」
「さっきアンタが言っただろ」
刹那は続けた。
「反連邦組織カタロンの指導者に、『クラウス・グラード』という男がいると聞いたことがあるが」
「……どこで聞いた」
ライルが気色ばむ。
「この世界は意外と内緒話を留めておけない。アンタがカタロンなら……」
「俺がカタロンならどうだって言うんだ」
「俺の仲間達の中にもカタロンのスカウトがいた」
刹那が話を逸らした。
「俺は断った。そんなところに用はなかったからだ。ニール・ディランディがいれば話は別だが」
ニールの頭の中に厳かな教会のベルが鳴った。
「俺じゃ駄目か?同じ顔だぜ」
「ライル、顔が同じでも魂の形まで同じとは限らないもんだ」
そうだぜ、刹那……俺とおまえは魂で繋がっているんだ。ソウルメイトって奴だな。ニールは心の奥から刹那を愛おしく思った。劣情の行き場など、一瞬忘れてしまった。
「おまえは、カタロンなのか?」
刹那がライルの耳元で囁くのが聞こえる。
「まあ、アンタ方の敵ではないよ」
ライルが両手を上げた。
「今のところはな。でも、俺はアンタ達を敵に回したくないと思っている。俺達の敵はアロウズだけでたくさんだ」
「アロウズ……」
自分の顔はさぞ難しい表情になっているだろう、とニールは思った。
グレンの隊には情報収集係と言った者がいる。そんなに親しくしていたわけではなかったが、アロウズのいい話は聞かなかった。惜しいことをした、とニールは舌打ちをした。今彼らがここにいたら、カタロンだかマカロンだかいう組織のことについてもきいておいたものを。
その舌打ちをどう取ってかライルは……、
「俺はしばらくCBの様子を探る。兄さん達も協力してくれると嬉しい」
と、言った。
「まあ、今のところそれについちゃやぶさかではないわな」
「頼む」
ライルがニールに向かって手を合わせた。
「貧乏なもんで、報酬は少ないけど」
「それにはカタロンという組織自体をよく知っておかなければな」
「兄さん達もきっと気に入ると思う。リーダーのクラウスはいい男だ」
ライルが目をきらきらさせている。心酔しているのがよくわかる目だ。確かにここまで大の男を酔わせる男だ。ひとかどの人物に違いない。
「じゃ、俺はこれで帰るから。ごゆっくり」
ひとくさり演説をぶった後、ニールとそっくりの弟は部屋を出て行った。
「ふぅ、参った参った」
「ライルはいつもこんな風なのか?」
「さあな。俺が知りてぇよ。あいつとは長い間会ってなかったんだからな」
けれど、思ったほど変わっていなかった。それがニールの感想である。性格がああなったのは、まあ、仕様がない。昔はどうだったか、朧げながらしか覚えていないし。だが、変わっていなかった。そんな風に、ニールは思い……少し安心していた。
安心したら、急に刹那と寝たくなった。
「刹那。おまえさんの可愛い顔を俺に見せてくれ」
何となく、跳ね飛ばされるかと思いきや、案に相違して刹那はニールの巧みなキスを受け入れた。二人はベッドの上で想いを遂げた。

2012.8.30

→次へ


目次/HOME