ニールの明日

第四十九話

どのぐらい歩いたろうか。
やがて、光が見えた。
「お、おお……」
外に出たニールは思わず歓声を上げた。
一面に広がる草むら。それを橙色に染める夕陽。ニールは心の奥で呟いた。
(こんなところが……この砂漠の国にあったなんて……)
「見事じゃろう」
乞食の老人がニールを振り返って言った。
「え?アンタ、何で俺が感心したことが……」
いや、感心と言うより、感動と呼んだ方が近いかもしれない。
「声音でわかるのじゃよ」
「はぁ……」
そういえば、さっきあまりの雄大な風景に声をもらしてしまった。それをこの老人は察知したらしかった。視覚以外の感覚が優れているのだろう。
「クラウス様や子供達は野菜畑をここに作っているのじゃ。地下水をひいてな。自給自足の生活じゃよ」
「雑草が多いな」
刹那の言葉に、
「雑草はどこにでもはびこるんでな」
と、老人は答えた。
それはいいのだが、丈の高い草ばかりで邪魔くさい。細い道が通ってはいるのだが。辿り着く為には草をかき分けなくてはならなかった。
「俺の住むところにはこんなに草はなかった」
グレンの台詞に、老人はそうかい、そうかい、と頷いた。グレンが続けた。
「この技術があれば、俺達の故郷の水不足やそれに伴う食料不足は解決するな」
「わしらはそれも研究しているのでな」
「今の科学力ならそれができるのに、みんな戦いにばかりうつつを抜かすから……」
ダシルが歎くような調子で独り言を呟いた。ニールが思わず振り向いた。刹那が言った。
「戦いで理解できることもある。俺やグレンは戦いがないと駄目なんだ」
「そうは言いますけどね、セツナさん。マリナ様は戦いのない世界を望んでらっしゃるんですよ」
ダシルが刹那に詰め寄る。
「マリナも戦っている。俺達とは違う次元でな。だが、戦争のない世界を願うというのなら、話はわかる」
と、刹那は静かに言い返した。刹那という少年(或いは青年か)は、普段は冷静で淡々としている。だから、誤解もされやすいのだ。こいつは大人しい、与しやすいと。だが、それが間違いであることはニールや一緒に戦った仲間達はよく知っている。刹那は刹那の理屈でダシルに応じているのだ。
「そうそう!俺の言いたいことはそれなんです!」
と、ダシル。
「しかし、戦争をなくす為に敢えて戦争に身を投じなければならない時もある」
刹那は決然と宣言した。武力による戦争根絶というイオリア・シュヘンベルクの理念は確かに今もこの青年に受け継がれている。
変わっていない。刹那は成長したが、本質的には変わっていない。それがニールには嬉しい。
「セツナさん……」
ダシルは言葉を探しているようだった。潮時だなと感じたニールは、
「そんぐらいにしとけや。刹那」
と、口を挟んだ。
「そうだな。……つい言わずにはおれなかった。言い過ぎたかもしれない、ダシル」
「いえいえ。俺のような者にも対等に意見を言ってくださってありがとうございます、セツナさん」
「いや、おまえとの話は参考になった。やはり対話というのは……大事だな」
刹那の表情が柔らかくなった。
「アンタ、いい男だな、セツナ」
グレンが刹那を褒めたことをニールは何となく誇らしく感じた。
「じゃ、お互いに納得したところでそろそろ行こうじゃないか。クラウスも待ってる」
ライルが促した。そして老人に向かって、
「ありがとう、ロード」
と礼を言った。
「いやいや。ジーン1。アンタの頼みなら案内ぐらいどうってことない。それにわしはそれが仕事だからな」
この老人の名前、或いはコードネームはロードなのだそうだった。「アンタを通さないと後々面倒なことになるもんでね」
ライルはそう言って笑った。
「ジーン1。アンタにはいろいろ世話になっている」
「なあに。困った時はお互い様ってね」
「私達も感謝していますわ。ロード様……でしたかしら?」
王留美も進み出て腰をかがめた。けれど多分ロードには見えない。
「アンタは美しい声じゃな。きっと綺麗な姿じゃろう」
「王留美は世界一の美女ですよ」
グレンが得意げに話した。
木枠でできたトンネルのようなものが離れたところにある。
「あそこがカタロンの支部の入口じゃ」
ロードがフードから皺だらけの手を出してトンネルを指差した。
「わかった。ここまで道案内ありがとう、ロードさん」
ニールが言うとロードは開かない瞼をこちらに向けた。もしこの老人の目が見えるのなら、見つめている、という表現が当て嵌まっただろう。
「アンタはジーン1とは同じ声だが、ジーン1とは違う魂を持っておるな」
「俺の双子の兄だよ」
「ニールと言います。弟が世話になっているようで」
ロードはそれを聞いてははは、と笑った。
「やはり双子じゃな。アンタら外見も似ておるんじゃろう?」
「瓜二つですよ」
「兄さんは右目に眼帯をしているよ。怪我したんだ」
「そうかい。何となく親近感が湧くのぉ」
ロードは、第一印象とは違い、暗くて人嫌いな訳ではなく、話好きな人の良いお爺さんであるらしかった。
トンネルを抜けると雪国だった……ではなく、一人の逞しい男が立っていた。
「クラウス様」
ロードが頭を垂れた。
「ご苦労だった。ロード。俺がこの基地の責任者、クラウス・グラードだ。宜しく頼む」

2012.11.14


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