ニールの明日

第五十話

「それでは、わしはこれで」
ロードは頭を垂れると下がっていった。ニールがきいた。
「なあ、クラウスさん。ロードは本当に目が見えないんだな?けれどここまで危なげなく案内してくれたし、それに……」
「ロードは大抵のことはできる。彼は言っていたよ。目が見えなくなったからこそ、得たものもあったと。彼は心の目で物事を見てるんだ」
「心の目……」
ニールも怪我と、それから無理をしたせいで右目の視力を失ったが、その代わりに手に入れたものはたくさんあった。
素直になったティエリア。団結を深めた仲間達。
(アレルヤ……)
今、どこにいる。無事でいてくれ。俺達の為にも……ティエリアの為にも。あの冷静な面差しの下に、人一倍寂しがりな魂を持つ、あの紫色の髪の青年の為にも。
「アンタ、見た目は本当にジーン1にそっくりだな。ニール・ディランディだろう?話はジーン1から聞いてる。宜しく頼む」
「あ、ああ……」
物思いから覚めたニールがクラウスと握手を交わした。
「そっちは王留美だな」
「お初にお目にかかります。王留美と申します」
王留美は礼儀を欠かさない。尤も、クラウスもそれなりの地位にはいた。
「紅龍です。王留美の部下です」
そう言って紅龍はお辞儀をした。
「俺はグレンだ」
「ダシルです。宜しくお願いします」
「宜しく……仲間が増えるのは歓迎だ。で、その髪の毛があっちこっちはねてるのが……」
「刹那!」
白いふわふわした服の妖精のごとき長い黒髪の女性……マリナがやってきた。
「マリナ!」
刹那も叫んだ。ニールは一瞬ちりっと心の奥底で嫉妬の火種が燃えるのを感じた。
「知り合いか?マリナ姫」
「ええ……」
「刹那・F・セイエイだ。クラウス」
刹那が自己紹介をした。
マリナが言った。
「よく来てくれたわ、刹那。あら?あの方達は昨日の……」
「ご記憶に留めてくださったとは光栄です。このダシル、マリナ様に再び会えたことを心より喜ばしく思います」
腕を胸元に宛がったダシルが頭を下げた。
「まあ……私のような者にそのようなご丁寧なご挨拶をありがとうございます。こちらこそ、またお会いできたことを嬉しく思います」
マリナが答えた。
(へぇ……ダシルの奴、あんな挨拶もできるんだ)
ニールは感心した。グレンもダシルもただ者ではない、聡明な若者達だ、と前から思っていたが。
マリナの後ろから、そっと太めの少年が好奇心をあらわにしてこちらを見つめていた。ニールが視線を向けると、慌てて逃げて行った。
(何だ?あいつ……)
「こっちに来てくれ。ジーン1。客人方を案内する」
「……ああ」
「あの……」
マリナはニールに何か言いたそうだった。
「何でしょう。マリナ姫」
「いえ……」
マリナの表情は可憐だが、どこか痛々しさがあった。
(俺達は明日の為に戦っていた。未来を信じて。でも、その未来とは何だろう……)
ニールは心の中で呟いていた。あのさっきの少年は孤児に違いない。戦争で親を失ったのだろうか。……刹那は自ら孤児になった。どこにもいない神を信じて……洗脳されて。
ニールは刹那の肩に手を回してぎゅっと力を込めた。
「こっちだ」
クラウスが手招きした。
このカタロンの基地は思ったより素朴なものだった。ニールが現れると、子供達がわらわらと集まってきた。
「わー、すげぇ!本当にライルにそっくりだ!」
「ロンの言う通りだったね!」
「俺のことはジーン1と呼べと言ったはずだぞ、ニック」
と、ライル。
「あのくろいのなーに?」
女の子の質問にニールは、
「これか?これは眼帯って言うんだ」
と答えた。
「海賊みたいだー!かっこいいー!」
茶色の髪の少年が歓声を上げた。
「これは戦争で受けた傷だ。……だけど、戦いはかっこいいばかりではないんだぞ」
ニールがそう言うと、子供達はしん、と静まり返った。
「そうだよね……僕のお父さんとお母さんも、戦争で殺されたんだ……」
「パパ……会いたいよ…ママにも……」
「マリナ様ぁ……」
年端も行かない女の子が、マリナのスカートの裾を掴んだ。マリナはその子の頭を撫でてやった。
「みんな、おやつですよ」
シーリンがやってきた。だが、沈んだ空気に眉をひそめた。
「いったい何があったの?」
「シーリン……」
「何ですか?姫様」
「この子達を宮殿に連れて行きたいのですが」
「このみなし子達を……ですか?でも、きっとどこにいてもこの子達は不幸なはず」
「わかってるわ、シーリン。でも、何とかしてあげたいの。子供達は国の宝なんだから」
子供達は国の宝……。マリナは国の母だ。
「私は……今まで何にもできなかったから……」
マリナは済まなそうに詫びた。
ニ-ルも何か言おうとした時、端末が鳴った。
「ロックオン」
ティエリアの端麗な顔が現れた。どこか嬉しげな興奮を隠せないでいた。深紅の目をきらきらさせながら伝える。
「喜んでくれ!アレルヤが生きていた!」

2012.11.24


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