ニールの明日

第四十一話

「ふぅー、暑かった」
人心地ついたニールはベッドに身を投げ出した。ここはアザディスタンでもいいホテルらしい。程よく冷房が効いている。ベッドもふかふかだ。
ニールは体を起こした。
「こっち来い、刹那」
「……何だ?」
「愛し合おうぜ♪」
「そんなことしてる場合か」
「いいじゃねぇか。お嬢様だってせっかく俺達に気を使ってくれたんだから」
「気を使うっていうのか、こういうのは」
刹那は溜息を吐いたが、ニールがキスを仕掛けても、特に抵抗はしなかった。何度も何度もバードキスを交わす。
ニールは刹那の口に舌を割り入れ、口内を堪能する。
「ニール……」
刹那の掠れた声にニールはぞくっとわななく。ニールは刹那の首元のボタンに長い指をかけた。
その時。
ドンドンドン、ドンドンドン!
乱暴なノックの音がした。
ニールは無視しようとしたが、ノックはやまない。
(出ろ)
そういう風に刹那に目で合図されて、ようやくニールは重い腰を上げた。
ちくしょう。邪魔しやがって。
ニールが仕方なくドアを開けるとそこには双子の弟ライルが立っていた。
「やあ、兄さん。風呂の蛇口が壊れちゃってさ」
「そんなことはフロントに言え」
「言ったさ。でも、ちょっと時間がかかるみたいだから、兄さん達の部屋のシャワー貸してもらおうと思って。……もしかしていいとこだった?」
「ライル、おまえは帰れ!」
「シャワー浴びたら出ていくよ。悪かったね、兄さん。邪魔をして」
ライルは意味深にウィンクをした。
「余計なお世話だ!」
ニールが吠えた。
「おっと。タオル貸してくれ。持ってくるの忘れてきた」
ライルのマイペースさに、
「自分で取れ」
と、不機嫌を隠さずに言った。
「どこにある?」
「クローゼットの中にある!」
ニールは指差した。
「ありがとう。じゃあな」
ライルはタオルを取り出すとバスルームへ消えて行った。
「……何だ?あれは」
刹那の当然の疑問に、
「知らねぇよ」
とニールが答えた。
気が削がれて、刹那と睦み合おうという気持ちはどこかに飛んで行ってしまった。ライルがいつ出てくるとも限らない。
シャワー音が聞こえてくる。あいつはさぞかし鼻歌でも歌っていることだろう。
長い間会っていなかったから忘れていたが、こんなにちゃっかりしている奴だとは思わなかった。
刹那が煉瓦色の目でじぃっとこっちを見ている。
「どうした?刹那」

ニールの問いに答えず、刹那はクローゼットに向かう。
「おいおい、どうしたよ」
刹那がガサゴソとクローゼットを漁っている。
何やってんだ、刹那の奴……。
「あった!」
刹那が取り出したのは小型の盗聴器。
「刹那……」
「あの男の動きが少し不自然だったから観察してた」
ライル……。
ニールは呻きそうになった。
なんて変わっちまったんだ、おまえは。俺らの部屋に盗聴器を仕掛けるなんて。
素直ないい奴だったのに。
目的は俺と刹那の睦言を聞いてニヤスカする為ではないだろう。いかな俺だってそのぐらいのことはわかる。
「それ貸せ、刹那」
「ああ」
盗聴器はニールが知っているどの国の物でもなかった。
「どうする?」
刹那がきいてくる。
「あいつが戻ってくるまで待とう。お上にも慈悲はある」
「お上……?」
「日本の時代劇によく出てくる台詞だよ。お上とは偉い人ってことだ」
「おまえはアイルランドの人間だろう?」
「おう。情に厚い生粋のアイルランド人だ」
そして……ライルもそうだった筈だ。いや、今でもそうであることを信じたい。
ライルにはライルなりの事情がある筈だ。
「アイルランドの人間も日本の時代劇を観るのか?」
刹那の質問は少しずれている。
「結構面白いんだぜ。悪い奴らを峰打ちでバッタバッタとやっつけてさ。それが気持ちいいんだぜ」
「わかった。今度観てみる」
刹那は真面目な顔で頷いた。
「よぉ、お二人さん」
タオルでニールと同じ茶色の髪の水分を乾かしながらライルがバスルームから出て来た。しかし、ニール達の雰囲気が変なのに気付いたらしい。
「何?どうしたの?」
「ライル、これは何だ」ニールは我ながら固い声でききながら盗聴器を差し出す。
「まさか、これを仕掛けたのはおまえじゃないよな」
NOと言ってくれ、頼む。
そしたら、刹那に何と言われても俺は信じてやるから。
俺はまだ、おまえを信じていたい。
おまえはやっぱり、俺の兄弟なのだから……俺のたった一人の。
ところが。
「なぁんだ、バレたのか」
そう言ってライルは笑った。あまりすぐに認めたので、ニールは拍子抜けした。
「だから言ったんだよ、兄さんにまで盗聴器なんか使うの嫌だって。それをクラウスの奴……!」
「クラウス?」
「ああ、こっちのこと。それより兄さん、面白いもの聴きたくないかい?」

2012.8.13

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