ニールの明日
第四十話
「今の状況をどうお考えなのですか?!綺麗事ではやっていけないのですよ!」
シーリンが叫ぶと、マリナはきっぱりと首を横に振った。
「それでも私は……武器を取って戦うことを許すことはできません。武力行使を許せば、ますます犠牲者が出てきます。憎しみは憎しみしか生みません」
マリナが言い終わると、部屋の中にしばしの沈黙が流れた。
やがて、王留美が口を開いた。
「……交渉決裂ですわね」
そして彼女は立ち上がった。
「また明日来ますわ」
王留美の後をグレン達が追う。
刹那がニールについて部屋を出ていこうとした時だった。
「刹那!」
どうしても言いたい、伝えたい、という焦燥感に駆られたのか、マリナが呼び止めた。
「あなた方は何故戦うの?どうして対話でわかり合おうとしないの?」
「俺達は……戦うことでしかわかり合えない」
マリナは黙った。
「また来る」
刹那のすぐ傍にいたニールはそれを聞いていた。
扉はパタンと閉まった。
かっかっとニール達は足音高く大理石でできた廊下を歩いている。グレンは言った。
「あの姫様にアザディスタンの最高責任者は荷が重い。こんな立派な宮殿に住んでいながら、『戦いはいけないわ』もないもんだ」
「いや、あの女は必要とあらばスラムでも働ける女だ」
「セツナ……あの女の肩を持つ気か?あれはおまえの女か?」
「違う」
刹那は即座に断言した。
「私、マリナ様を見直しましたわ。確かに説得は難航しそうですけれど」
王留美が言った。
「だから、刹那の言うことはわかるような気がいたしますわ。むしろこんな宮殿にスポイルされているより、スラムのどさくさの方が本領を発揮するかもしれませんわね。親を亡くした子供達の母親として。ここは、あの姫様には合わないと思いますわ」
「…………」
グレンは口をつぐんでしまった。
「グレン様、俺、マリナ様好きです」
ダシルが口を挟んだ。
「グレン様だって本当は戦いは嫌だと思っているでしょう?だから、俺には決して武器を持たせないんだ」
「……俺は戦うことしかできない」
グレンが吐き出すように呟いた。
「俺もだ」
刹那も同意する。
ニールも、ある意味ではそうだ。家族の仇を討とうと決心したあの時から。そして……今では戦闘員としてしか働くことができなくなっていた。特に、スナイパーとしての射撃の腕は超一流だ。
(狙い撃つぜ……)
最初にその言葉を発した時から、それが彼の口癖になっていた。
戦士にはゲンを担ぐ者も多い。それを言えば、命中率が上がるような気がした。
それにしても。
「刹那、マリナ姫に素っ気なかったな」
ニールがきくと刹那は答えた。
「マリナは同情を欲しがるような女性ではない」
そうか。
それが刹那の優しさなのだ。
(こういう優しさもあるのだな)
俺はライルには金しか送って来なかった。
目の前を歩く双子の弟を見ながらニールは思った。
(近くて遠い……か。俺達もだな)
ずっと離れていた。その距離は遠ざかりはすれど縮むことはないだろう。そこには対話というものがない。
対話……か。
ニールが深呼吸する。マリナも対話のことを言っていた。イオリア・シュヘンベルクも『来たるべき対話』の話をしていたではなかったか。
ニールや刹那もガンダムでの戦闘を通して世界と対話していた。
同志であった刹那。離れて暮らしていたライル。どちらが身近に感じられるか明らかになった。ライルは……同じ志を持つ者として認められないうちは遠い存在のままだろう。
「ロックオン」
王留美がコードネームで呼んだ。
「私達はアザディスタンのホテルに泊まります。あなた方もご滞在なさいませんこと?」
「ああ、それは勿論……」
「あなた方……ロックオンと刹那には特別に二人部屋を用意して差し上げても宜しくてよ」
王留美がいたずらっぽく笑った。大人びた彼女も、そうすると年相応に見える。
なん、だって……?
「良かったな、兄さん」
いつの間にかニールの隣に並んでいたライルは兄の肩をどやしつけた。
「愛しているぜ!王留美!」
「それは俺の台詞だ!」
ニールの吠えるような叫び声にグレンが畳みかける。
「そんなに王留美がいいのか?……ロックオン」
刹那はわざと本名で呼ばなかった。
「馬鹿だなあ、妬いちゃって。一番はおまえだから安心しろよ、刹那」
ニールは刹那の肩を抱いた。ふわりと何ともいえない、いい匂いがした。香水なんかではない、刹那の香りだ。「誰が妬くか、誰が」
相手は仏頂面で言いながらもその紅茶色の瞳には満更でもない光が宿っていた。
「俺はマリナ様がいいな」
ダシルの呟きはしかし、他の人々の声に掻き消されてしまった。
2012.7.30
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