ニールの明日

第三十四話

ドドドドド。
刹那が湯舟に湯を張る。
「あ……」
ニールの精液が足を伝う。ニールのものなら一滴もこぼしたくはないと望んでいても、そうもいかないだろう。第一、腹を壊しかねない。
体内に放たれた白い液体を掻き出す。ついでに体も洗ってしまうと、刹那は溜まった湯の中に体を沈めた。

「ニール、考えていたことがある」
ホテルに準備されていたバスローブ姿の刹那が口を開いた。
「俺は……もう逃げない。幸せからも、おまえからも……運命からも」
「そうだな」
ニールが頷いた。
「二人で幸せ、この手で握ろうな、刹那」
刹那は赤くなりながらも諾った。尤も、顔が赤いのは長湯だったせいもあるかもしれない。
「それにしても、俺から逃げてたって?」
「ああ。今、考えるとそうだ。じっとしていれば、自然にもっと早く会えたのに」
「過ぎたことは仕様がないさあ。それより」ニールは刹那に詰め寄った。
「体の方は辛くないか?」
「ああ。問題ない」
「じゃ、もう一戦、どうだ?」
「……いいけど、シャワー浴びて来い」
「わかった。……明日はのんびりしような」
ニールは優しく刹那を抱きしめて頭をぽんぽんする。
(刹那、いい匂いがすんな)
それは石鹸か、刹那の体臭か。
相手を離してやるとバスルームへと直行した。
湯舟に浸かったところでニールは少し冷静になった。
(これから俺は……刹那と共にいる)
それは幸せだ。アレルヤとティエリアなんて、今のままではそんなことはほぼ望めないのだから。
アレルヤはどこにいる。
まさかアロウズに捕まっているとは思っていないニールであったが、僚友の行方は必死で案じていた。
(まさか死んではいねぇだろうな。くそっ!縁起でもない!洒落にならんぞ)
ニールは水面を殴った。ぴしゃっと滴が顔にかかる。
この感じ、どこかで……。
ニールは、グレンとの出会いを思い出していた。あの時は冷たい水、今はぬるいお湯であることの違いはあったが。
(ありがとう)
ニールの心にふと感謝の気持ちが湧いた。グレン、ダシル、……おまえ達がいなければやっていけなかった……。たくさんの人々との繋がりで、平和は成り立っている。
では人々はどうして戦争をするのだろう。CBだって所詮は戦争屋だ。武力で戦争根絶なんて、矛盾にも程がある。
それでも、変化を望むのだろう。俺は……いや、俺達は。
(けど、アロウズのいい噂はあまり聞かねえな)
せっかく世界はひとつになったのに……それでもまだ戦争は続くのか。
(だとしたら……俺もガンダムに乗らなければならなくなる)
刹那に感化されたのではない。己自身の為に。
見てろよ……!
ニールは握った拳を叩いた。

刹那は待ち疲れたのだろう。眠っていた。
「寝顔も可愛いな、おまえさんは」
起こすのも忍びない。ニールは、はだけた布団をそっと刹那の肩口まで引き上げた。
ニールはあどけない顔をして夢の中に入っている刹那を愛しく思った。
「一生、愛してるぜ、重いか?刹那……」
じわりと涙が出てきた。幸せだからこそ、泣ける。
アレルヤのこともアロウズのことも、忘れた訳ではない。だが、一時棚上げすることにした。
その時、端末が鳴った。マナーモードにしてあったが。
「はい、もしもし」
そう言ったニールの声には、刺があったに違いない。
「兄さん……兄さんかい?」
それは、遠い昔離れ離れになった双子の弟、ライル・ディランディの声だった。
「ライル……」
思わずその名が口をついて出た。
「兄さん!兄さん!無事だったんだな!」
ライルは興奮を隠しきれないようだった。
ライル……。
甘酸っぱい感慨が胸の奥から込み上げてきた。
「ライル、今どこにいる?」

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