ニールの明日

第三十五話

刹那と共に甘い時間に浸っていたニール。だが、彼にとって意外な人物から連絡が入った。
それはニールの双子の弟、ライル・ディランディ。
「ライル、今どこにいる?」
相手がライルでなかったら電波から相手の居場所突き止めて蹴り入れてやりたいぐらい苛々していただろうが。昔から可愛がっていた双子の弟なら話は別だ。
「それは……言えないな」
ライルは落ち着きを取り戻したようだった。
「……あのなあ、じゃどうして連絡してきたんだよ」
「うそうそ。今のはうそ。兄さんは昔から真面目だからなあ」
「真面目?」
ニールは寝入っている刹那の方に視線を遣った。真面目な人間が年下の青年と交情したりするであろうか。些か疑問に思っていると。
「あ、兄さん、誰かとベッドインしてる?」
「ライル!」
「冗談だって……」
「ご想像の通りだよ」
「冗談冗談……ええっ?!」
ライルは間を置いてから驚いた。それはわざとなのか素なのか。
「おまえの言う通り、俺は誰かと共寝をしているよ」
「へぇ……兄さんがねぇ……満更木石でもなかったんだ」
「おまえ、そんな風に俺を見てたのか」
「だって、兄さんモテたのに、誰にも靡かなかったんだから。んで?相手はどんな美女だ?」
ニールは多少うんざりしながらも正直に答えた。
「男だよ」
「ええっ?!」
「……声が大きい」
「ええ?でも、兄さんが男色家なんてねぇ。女に靡かない筈だ」
「否定はしない。……おまえは今どこにいるんだ」
受話器の向こうからライルの舌打ちが聞こえた。
「やっぱり話を逸らそうとしても無駄か」
「当たり前だ。兄貴なめんな」
「兄さんこそ今どこにいるんだい?」
「タラントの街。元クルジス領だ」
隠すこともないと思い、ニールが喋った。
「それは本当なのかい?兄さん」
「本当だ」
「兄さん。少しは人騙すことも覚えなよ」
「悪かったな。嘘は下手なんだ」
「それも昔から、だよな。よし、俺も正直に話す。俺は今、アザディスタンにいるんだ」
「アザディスタンに?」
アザディスタンは元クルジスを支配していた。太陽光エネルギー発電問題で揉めていたと聞くが、そんなところに、一流とは言え、一介の商社マンになったと聞くライルが何の用事があるのだろう。
「何でアザディスタンに?と思ってるだろ?兄さん」
読まれている。ライルは頭が良かったし、鋭くもあった。
「太陽光エネルギー発電に絡んだ問題以外、アザディスタンに関してはさっぱりだ」
後は、アザディスタン絡みの指導者の老人がガンダムに連れられた時、テレビで中継されたとか……その老人も殺されたとか殺されなかったとか……。あとは。
(俺の恋敵のお姫様がいた国だよな)
皇女マリナ。アザディスタンのシンボルだった。
「その太陽光エネルギー発電だよ。マリナ姫はいくら兄さんでも知ってるよな?」
「知ってるよ」
苦笑いを噛み殺してニールは答えた。恋敵だもんな。
「マリナ姫を応援……というか支援する為に上司が俺をアザディスタンに送ったというわけ。ほら、俺会社の上層部の覚えめでたいからさ」
「よく言う」
くっくっとニールが笑った。こんなところは相変わらずだと思う。
「タラントの街なら俺のいるところの近くだよ。遊びに行ってもいいかい?」
「いいよ。いつ来る?」
「明日辺りにでも」
「わかった。ホテル『グレナダ』のロビーで待ってる」
「了解!」
沈黙が流れた。穏やかな、肉親への情をニールは久しぶりに味わっていた。
「やっぱりアンタ、兄さんなんだな」
ライルが言った。
「死んだ、と聞いた時は一日中涙が止まらなかったよ。生きている、と聞いた時には『本当か?』と疑ったりもしたけれど……兄さんは生きていた」
「当たり前だろ。死んでたまるか」
刹那を置いて死んでたまるか……そう思いながら眠りこけている刹那の寝顔を見る。
しかし……ライルはどこから俺が死んだと言う情報を手に入れたんだ?ソレスタルビーイングに勤めていたことすら秘密にしてたのに?
それに……俺の連絡先をどこから知ったんだ?
緊張で口の中がからからに渇いた。
「おい、ライル……」
しかし皆まで言わせずライルは連絡を切った。
後は、ツー、ツーと言う音だけ。
「全ては明日……か」
しかも、ニールは逆探知に充分な時間、ライルと喋ってしまった。
(おまえは裏切ってくれるなよ……)
ニールはライルを信じよう、信じたい、と心の中で呟いた。それは祈りに似ていた。

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