ニールの明日

第三十六話

刹那は眠りから覚める直前、二人の幻を見たと思った。
一人は沙慈・クロスロード。もう一人は沙慈のガールフレンドのルイス・ハレヴィ。
(沙慈、ルイス……元気にしているか?……夢は叶えたか……?)
「刹那」
途端に二人の顔が消えた。その代わり現れたのは刹那の恋人であるニール・ディランディ。
「わっ!」
刹那は思わず驚きの声を上げた。
「何だ?ゆうべは疲れたか?やり過ぎちまったか?」
「な……」
刹那は赤くなった。
「ふぅん……」
ニールは刹那の顔を残った左目でまじまじと見つめる。
「今度は何だ」
「いや、刹那ってヒゲ生えねぇんだな、と思ってさ。産毛程度?」
何だか恥ずかしくなってきた刹那は、
「顔洗って来る」
と言ってニールの手をのけた。

(幸せそうな顔してたな)
ニールは刹那が姿を消した方向を眺めていた。
誰のことを考えていたのだろうか。
ニールは昨夜刹那と共寝したベッドにどさっと身を投げ出した。両手の腕に頭を乗せる。
今日は双子の弟に会える。なのに、考えるのは刹那のこと。
自分がこんなに独占欲が強いとは思わなかった。
「刹那……」
つい呟いていた。
「どうした」
洗顔を終えた刹那が立っていた。
「おっと……びっくりさせられるねぇ、おまえには」
「いい。さっきは俺も驚いた。お互い様だ」
「刹那……寝ながら笑ってたぞ」
「そうだったのか?」
「誰のこと考えてたんだよ、ほら」
ニールは冗談めかしてうりうりと刹那を小突いたが内心気が気でなかった。
昔の恋人……て言われたらやっぱりショックだなぁ。
「わかった、わかったから手を離してくれ。……友達だよ。日本にいた時の」
「へ?」
ある意味ショックを受けたニールが固まった。
「おまえ、友達なんていたのかよ」
「いたら悪いか」
刹那は少々ご機嫌斜めのようだった。
「いや、友達って……おまえそういうキャラじゃねぇだろ」
「……どういう意味だ」
「んで?その友達って誰なんだ?」
「日本にいた時知り合った沙慈・クロスロードとルイス・ハレヴィ」
「男か?」
「沙慈が男でルイスが女だ」
「ふぅん、そうか。それで?その二人は今でも日本にいるのか?」
「知らん。いつの間にか行方がわからなくなっていた」
「つめてぇ友達だな」
そう言いながらもほっとしている自分に気がついてニールは愕然とした。
刹那やマイスターやトレミーの乗組員達と出会って少しは自分も人間らしくなったと思ったが、まだ裏稼業でスナイパーをやっていた頃の自分でもぞっとおぞけだつような荒んだ冷たい部分が残っているらしい。
「今日、弟が来るんだ」
ニールはごまかすように言った。
「双子の弟でライルってんだ。ライル・ディランディ」
「あんたに似てるのか?」
「今はどうだかわかんねぇな。昔は瓜二つだったけど」
「今のおまえは右目が見えないからな」
「おいおい。ブラックな冗談止してくれよ」
「悪い」
けれど、刹那は笑っていた。ニールも釣られて心が軽くなる。下手な同情より慰めになる。
「会いたいか?」
「ああ。会ってみたい」
「おまえさん、前より素直になったな」
ニールは刹那の黒い跳ねたくせっ毛を撫でる。
「俺も楽しみなんだ」
ニールは不安の方はひとまず置いておくことにした。ライルが自分を陥れるようなことはしないだろう。曲がりなりにもこっちは双子の兄なんだし。
「ニール、顔色が冴えないぞ」
「え?あ……」
「もしかして本当はライルとやらに会いたくないのか?」
ニールは何と答えたらいいか迷った。
会いたくないと言ったら嘘になる。けれど、ライルは自分が死にかけていたことを知っていた。
あいつはどこで俺のことを知ったのだろう。
リヒティ辺りか?だが上手く結び付かない。ティエリアは外部の人間にニールの情報を流すなどという馬鹿なことはしないであろう。と、なると疑わしいのは敵対関係にある組織か……。いや、敵とは限らない。味方かも。それともライルは本当にマリナ姫を支援しに来たのか……。
思考が堂々巡りをする。
その時、端末にメールが届いた音がした。ライルからだ。
『今日の午後、約束の場所に行く』
ニールはその文面を刹那に見せた。
「ライルからだ。刹那、おまえも来るか?」
「会ってみたい、とさっき言っただろう」
「じゃ、午後になるまでどっかで時間を潰そうぜ。グレダシコンビでも冷やかそうか」
ニールがぽんぽんと刹那の頭を軽く叩いた。
「子供扱いするな」
「あんまり急いで大人になろうとすると疲れるぜ」
「……もう大人だ」
刹那が鬱陶しそうにニールの手を払いのけた。
素直になったと思ったが相変わらずだな。ニールは苦笑した。

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