ニールの明日

第三十七話

「おはようございます。ニールさん、セツナさん」
元気な声が響く。人目を引く派手なターバンの少年だ。
「よぉ、ダシル」
「おはよう」
「機嫌良さそうですね、ニールさん」
「え?そうか?ははは」
「こいつはいつもこんな感じだぞ」
刹那が口を出す。
「空元気という気もするが」
グレンがうっそりと現れる。
「何かあったのか?」
「今日弟と会うんだよ」
ニールが教えた。
「ニールさんの弟なら、さぞかしいい男でしょうね」
「え?そうか?そうかなあはは……」
ニールが頭を掻く。
「実は何年かぶりで会うんだ。すっかり面変わりしてるかもしれねぇな」
「へぇー、今日は街を案内しようと思ったけど、俺達邪魔かな」
「いいよ。昨日は別行動だったんだし。弟と会うのは午後だから」
「俺達いてもいいですか?」
「ああ。弟にも紹介してやるよ。俺の恩人達だってな」
「……我々はゲリラ兵だ」
グレンが口を挟む。
「俺がおまえを戦いに引きずり込んだ。それを知ったらおまえの弟はどう思うだろうな」
「い、いや。どうかな、考えたこともなかったぜ……それに戦いなんて今更だぜ。俺達はガンダムマイスターだったのだから」
「ああ。ニール、おまえ達は以前はあの鉄屑に乗って戦っていたんだよな?」
グレンの台詞に刹那のこめかみがぴくりと動いた。
「鉄屑……だと?ガンダムがか」
「そうだ」
グレンが頷く。――しばらくしてから刹那が口を開いた。
「ガンダムは鉄屑なんかじゃない」
刹那はガンダムを神聖視しているのだ。刹那にとって神に等しきもの……それが、ガンダム。
いや、この青年にとってはガンダムこそ自分自身なのだ。ニールはそんな刹那を笑い飛ばしたことがあるが。刹那はあくまで真剣である。
俺だって刹那ほどではないにしろ、プライドを持ってガンダム乗って戦ってきたんだからな、とニールは思う。
『狙い撃つぜ』が口癖のこの男は射撃の腕については世界一を自負しているマイスターだった。デュナメスで戦うのも好きだった。ハロは相棒で、トレミ―のみんなは家族と同じだった。今はその大切さをひしひしと感じている。だから心情的には刹那の方に同調する。もう二度と、彼を笑いのめすようなようなことはしない。
刹那は腹を立てている。その気持ちが痛いほどよくわかった。伊達に彼の恋人である訳ではない。
ニールはきっと同じガンダムマイスターとして刹那に一番近いところにいる。
このままだとグレンと刹那は喧嘩しかねない。不穏な空気をダシルも感じ取ったようだ。
「ああ、えぇっと……ニールさん、セツナさん。街に行きましょう」
ダシルが執り成す。もちろんニールに異論はない。張り詰めた空気が少しだけ和らいだ。
外は暑かった。ニールと刹那もヴェールを被っている。
「あ、象だ」
ダシルが指差す。大きい象の周りに見物客が群がっている。
目に痛い緑。焼け付く日照り。嫌みなほどに冴え渡る青い空。
「もうちょっと涼しいとありがたいんだけどな」
と、ニールは愚痴をこぼした。
タラントの街道は広くて綺麗だ。肌の色がそれぞれ違う人を目にする。
これで暑ささえなきゃあな……あ、そうだ。
「なあ、ダシル。ここって宝石の産地に近いんだったよな」
「ああ、いい石揃ってますよ」
「俺達の結婚指輪を買いたいんだけどなぁ……」
刹那は黙っていたが、一言、ぽつり。
「無理はしなくていい」
「王留美からの小切手があるぞ」
「分不相応だ。それに……」
刹那は、また一言。
「俺は品物なんかで愛情を表してなんて欲しくない」
「俺は表したいな」
ニールも負けてはいない。
「この美人さんは俺のなんだぜ。みんな手を出すなよ、と世界中に宣言したいんだ」
「おまえ結構鬱陶しいな」
「よく言われるよ」
刹那の憎まれ口に慣れているニールはさらりと受け流した。
「ほんと、前より美人になったよ」
「……男が美人で何の得がある」
「ティエリアや王留美と比べたって、美人だぜ」
「王留美は女だろ」
ひたすらに刹那のことを「美人だ、美人だ」と持ち上げるニールを見て、グレンはちょっとうんざりしているようだった。
「……銀の指輪なら、いい」
刹那もついに折れた。
「銀の指輪だな、オーライ。しっかし暑いな。少し喉が渇いたな」
「あそこの店で何か飲みません?マンゴージュースが美味しいですよ」
ニールが暑がるので、ダシルは木陰のオープンカフェを指差した。
「まだ時間あるんでしょ?」
「まあな」
「それにあそこなら少しは涼しいし」
四人は冷たい飲み物を飲みながら少し涼んで時間をつぶすことにした。

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