ニールの明日

第三十八話

昼下がり。
「兄さん!」
ホテルのロビーではライルがニールを待っていた。
(何と、こりゃあ……)
ニールは少々困惑の混じった驚きに打たれていた。
(まるで鏡を見ているみたいだ)
もう何年も合ってなかったのに、ライルの外見はニールのそれと全く似ていた。声まで同じだ。
ニールの右目の眼帯がなければ、すり代わっていても他人は騙せたであろう。
「ライル・ディランディか」
「そうだけど……アンタは?」
「刹那・F・セイエイ」
「そうか。宜しくな」
そう言ってライルは手を差し出す。刹那がその手を握る。握手が終わると、ライルはニールの方に視線を移した。
「何か言いたいことでもあるようだね、兄さん」
「ああ」
「何?刹那のことかい?だったら心配しなくてもいいよ。俺は男色家ではないからね。兄さんと違って」
「誰が男色家だ、誰が」
「じゃあ兄さんはバイセクシャルかい?結構進んでるんだな」
「いい加減にしろ」
ニールも刹那も苛々していたし、グレンとダシルは少々引き気味だ。
「そちらは?彼らも兄さんの連れかい?」
「グレンだ」
「ダシル」
「美形揃いだな、兄さんは美少年集めてハーレムでも作ってたのかい?」
「馬鹿言うな!それよりライル、何しに来た!」
「客人を紹介したくてね」
「客?」
「私ですわよ」
王留美が柔らかい声と共に姿を現した。ヴェールを纏っている。
「王……留美」
ニールが目を見張った。グレンなど、彼女の美貌に目が釘付けになっている。
「なるほど……王留美がバックについてたのか」
「と言うより、ソレスタルビーイングがですわ」
ニールが譫言のように呟くのへ、王留美のソプラノの声が重なった。
「危ない!」
ニールがグレンから王留美を庇うように前に出た。が……。
「何やってるんだ?ニール」
グレンに呆れられてしまった。
「は?」
「まあいい、そこをどけ。お初にお目にかかります。王留美」
グレンは挨拶をしただけではなく、何と彼女に向かってお辞儀をした。
「まあ……」
王留美が嬉しそうに微笑んだ。まるで花が綻ぶように。
「こちらこそ、ご丁寧な挨拶いたみいりますわ」
「な……な……」
おさまらないのはニールである。
「グレン!俺達がソレスタルビーイングの人間だと知った時、確か銃を向けてくれたよな!王留美はソレスタルビーイングのおえらいさん、王家の当主だぞ!俺達の時と態度が百八十度違うじゃないか!」
「悪い……あまりの美しさに撃つことを忘れたんだ」
目を見開いている刹那に、慣れた様子のダシル。
「グレン様は女好きですからね」
ダシルがニヤつきながら教えてくれた。
それにしてもこの待遇の差はないだろが……ニールは涙がちょちょ切れる思いがした。
「お嬢様」
紅龍がやってきた。
「用意が整いました」
「そう。では行きましょう、ライル」
「あ、えっと、その……兄さんも連れていってもいいかな」
「もちろん。だって彼はソレスタルビーイングの人間でしたからね」
「じゃあ、刹那も一緒だな」
「構いませんわ」
「俺も行く。俺はおまえ……いや、あなたにに惚れた」
グレンがひざまずき、王留美の白い手の甲にキスをした。
「あなたを恋人にしたい」
「そう言ってくださる殿方は他にもたくさんいますわ」
もし彼女程の気品が身についていなければ厭味な自慢に聞こえただろう。
「ところで、まだ行き先を聞いていないんだが」
刹那が質問した。紅龍が答えた。
「アザディスタンです」
「俺もアザディスタンに行けるのか?」
と、刹那。
「はい」
「ライル、おまえ、本当はどんな仕事している」
ニールの言葉にライルは視線をくれ、にやっと笑った。
「いろいろ」
こいつも食えない奴になってきたな。ニールはそう思った。流石に俺の双子の弟なだけのことはある。
アザディスタンか……。
あそこにはマリナ姫がいる。
「なあ、刹那」
「何だ?」
「マリナ姫様とは何にもないか?」
「あるわけないだろ」
もしそこで、おまえという存在がいるから……と付け足してくれたら、ニールは天に昇るように嬉しいだろうが、そこまでは刹那もサービスしてはくれない。
「俺も行きたいです」
ダシルの言葉に皆は一斉に注目の視線を投げた。誰もダシルに注意してはいなかったからだ。
「俺もアザディスタンに興味があるんです。マリナ姫にもお会いしたいですし」
「アザディスタンに行っても、マリナ姫に会えるとは限らないんだぞ、ダシル」
グレンはダシルに対してはいつもと同じ口調だった。
「いいえ。今からマリナ姫様に会いに行くのですよ、私達は」
紅龍がにこりともせずに教えてくれた。

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