ニールの明日

第三十九話

ニール達は王家の所有する自家用飛行機に乗り込んだ。結構空調がきいている。
慣れてきたとはいえ、暑さに少々参っていたニールは助かった。彼のルーツはあくまでアイルランドにある。
「ふー、暑かった」
ライルは少しでも風を送るように手をぱたぱたさせている。
「うっわー、広い!」
ダシルははしゃいでいる。
空調のきいた部屋に、独特の匂いが辺りを包んでいる。
「うるさいぞ、ダシル」
グレンは鋭い声でダシルに注意する。その後で。
「アザディスタンか……近くて遠い国だな」
グレンはぼそっと呟いた。
「行ったことはないのか?」
ニールは質問した。
「以前な」
グレン達はゲリラ兵だ。アザディスタンの近く、或いは彼の国に入ったことがあっても不思議ではないだろう。
アザディスタンもいろいろ問題があってかなり揺れている。ゲリラ活動をしている若者達の台頭もそうだ。他にも問題は山積で、ニールはそれを端末からの情報で知った。
アザディスタンには中からも外からも危機が押し寄せている。
「グレン、アザディスタンに手を出したことはないか?」
「ない。手を出してきたのは向こうだ」
「そうそう。俺達もアザディスタンのゲリラ兵と戦ったことがありますよ」
ダシルが言う。しかし彼は戦闘要員ではない。将来は医者を目指している少年だ。
彼らはそれぞれ紅龍に促されて席に座った。
「王留美」
「何ですの?グレン」
「俺達はゲリラ兵だ。本気で答えてくれるとは思っていない。でも、一応きく。何が目的だ」
「……太陽光発電システムの支援ですわ」
「とぼけないでくれ」
「……アザディスタンにも数々のゲリラ兵がおりますわ」
彼らの前の席に座っていたニールは耳をそばだてて聞いていた。王留美は続ける。
「アロウズも何やらきな臭いですし……軍事力で役に立てればと思いまして」
「果たして上手く行くか?アザディスタンの最高責任者マリナ姫といえば非暴力を唱える女ではないか」
「その時は勝手にやらせてもらいますわ。それに、最高責任者と言っても、マリナ姫様はお飾りですし」
お飾り……か。
しかしあの可憐な美少女に対して、世界が向けるプレッシャーは並大抵のものではないだろう。あの細腕でよくがんばっていると言ってもいいだろう。
(マリナ姫さんも大変だな)
ニールは深呼吸をした。隣では刹那が窓から外を眺めている。ニールはちょっと複雑な気持ちで、民族衣装を身に纏ったマリナ姫のことを思い返していた。
刹那がマリナに好意を寄せているのは知っている。しかし、恋ではない。彼らの歩む道はあまりに違い過ぎている。
戦うことで平和を勝ち取ろうとする刹那やニール達。戦争反対を設くことで平和な世界を築こうとするマリナ。
結局相容れないのだ。交渉は決裂するであろう。いかに王留美が弁の立つ女と言えど。
飛行機はもうすぐアザディスタンに着く。
ライルがこちらを見ている。話したいことはたくさんあるのに、それができない。ニールはもどかしさを感じた。きっとライルもそうであろう。
顔は似ていても、本質的なところでは違う二人。顔が同じだからこそ一層際立つ。
昔はよく一緒に遊んだからわかるのだ。
しかし、ライルには妙に不可解なところがある。ニールにもそれがあると、ライルだったら言うであろう。
(俺はライルのことを何も知らない。ライルだって、俺のことを……知らない)
ライルは、ニールの闇のスナイパー稼業で学校に行っていたことを知らないだろう。ニールが心の中にどんな暗闇を抱えているかも知らないだろう。
ニールは、ライルには悪いが、ライルよりも刹那に親近感を覚えていた。同じガンダムマイスターとして。
(俺達は、やはり戦っていないと駄目なんだ)
ライルが何故ソレスタルビーイングに来たのかは知らない。興味はあるが、知らなくたって構いはしない。
ニールには刹那がいる。それが全てだ。

アザディスタンに着くと、ニール達は王宮のマリナの部屋に通された。
豪奢なソファーに腰掛けていた豊かな黒髪のマリナ・イスマイールは浮かない顔で俯いていた。
彼女の側近の女性、シーリンが隣に控えている。眼鏡の奥の目がきつい。この女性がイニシアチブを取っていると思われた。
「……武力によってしても世界から戦争がなくなれば、太陽光発電システムの件についても最新技術を投入して今よりもっと開発を進めることができるようになると思いますが……」
マリナの気持ちには気付いていないのか、気付いていても無視しているのか、王留美は、自説を述べ立てる。
ニールがふっと視線を余所にやると、ダシルが食い入るような目でマリナを見ている。
「それがあなた方のご意見なのでしょうか」
マリナの質問に、王留美は、ええ、と首肯した。
マリナが顔を上げた。凜とした厳しい面だった。
「悪いですが……お引き取り願えませんでしょうか」
「姫様!」
シーリンは叫んだ。

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