ニールの明日

第三十話

「牧師役は長老がやるのかい?」
「いや、もっと適役がいるじゃろう?」
「そうだ。ジョシュア、おまえがやれ」
グレンが提案した。
「いいですね。ジョシュアさんだったら牧師役も難なくこなせますよ」
ダシルも賛成した。
「何で俺が……」
ジョシュアは不平を言ったが、みんなはパチパチと拍手をした。
「ところで、指輪はどうするんだ?」
「私と夫のを貸してあげるわ」
リムおばさんが申し出た。
「ねぇ、いいでしょう、あなた」
「ああ」
リムおばさんの夫は快諾した。
「さあ、結婚式の始まりだ」
誰かが言った。
正式には予行演習なのであるが。
ニールは非常に喜ばしく思った。
本番の結婚式でなくても、皆が祝福してくれる。それに代わりはないからだ。
牧師代わりのジョシュアが朗々と話し出す。
「汝、ニール・ディランディは、刹那・F・セイエイの夫として、健やかなる時も病める時も、死が二人を分かつまで、生涯を共にすることを誓いますか」
「誓います」
ニールは宣言しながらも感無量であった。
死が二人を分かつまで。
もしかしたら……いや、もしかしなくても、ニールの命は失われたはずの命だった。けれど、何らかの力によって生かされている。その力に感謝した。
(俺は……本当はとっくに死んでいるはずだったのかもしれない)
けれど、今、こうやって生きている。それは、神の手というか、摂理に近いものだったのかもしれない。
刹那には心配をかけた。けれど、もう二度とこの少年には悲しみを味わわせたくない。
ニールは、刹那と生きていくのだと、甘やかな誓いを心の中でした。刹那も、同じ様に誓った。
俺は、宇宙一の幸せ者だ。
ジョー、ボブ、ランス、モレノ……そしてティエリア。その他にも数々の友人がニールを支えてくれた。彼らがいたから、ニールは明日へ幸せを繋ぐことができる。リヒティもクリスも、幸せな家庭を築くといい。
そして、王留美。
ニールはきっと、CBに戻る。彼女にも世話になった。恩は返さねばならない。
とは思うものの、刹那がここに留まりたいと言えば、帰らずにずっと一緒にここにいようかという気持ちもある。
けれど……CBにはガンダムがある。刹那はエクシアを愛している。
ニールは、刹那の愛着の対象がエクシアでまだ良かったと思った。
機械は所詮、生身の人間には勝てない。セックスもできない。
俺は、いくらでも刹那を満足させることができる。それは満更自惚れではないと信じている。
「刹那。婚約指輪は今は外せ」
「わかった」
刹那は指輪をポケットにしまった。
二人は、リムおばさんと、その夫ロアから借りた指輪を使うことにした。もちろん、後で返すつもりだ。
「では、指輪の交換を」ジョシュアが言った。
これは結婚式の真似事には違いない。だが、ニールは自分の口元が綻びるのがわかった。
刹那もどことなく嬉しそうだった。指輪には小粒のダイヤが光っていた。
「ねえ、あなた、思い出すわねぇ。私達が結婚した時のことを」
「……そうだな」
リムおばさん達が懐かしがっているのがニールにも聞こえた。
「では、誓いのキスを」
ニールは刹那の唇に軽くキスをした。快感で背中がわななくような感触を覚えた。
(愛してるぜ、刹那)
ニールは心の中で囁いた。
自己流の結婚式だったが、まずは満足した。
ティエリアもいれば良かったのにな。そしてアレルヤも。
彼らも自分達を祝福してくれるに違いないのだから。
後でティエリアに報告しよう、とニールは思った。
そして、今度こそ本番の結婚式をしよう。
今回のような幸福感に包まれることができるかどうかわからないが……。いや、刹那とだったら、何度式を挙げても構わない。
ライスシャワーの代わりに、二人は村の人々の歓声を浴びた。ニールは刹那を横抱きにした。
「ニール……恥ずかしいから下ろしてくれ」
「いいや」
「重いだろ」
「体力には自信があるんだ」
「しまったなぁ、データスティックがあれば良かったのに」
ジョシュアが残念そうにぼやく。
「いいじゃありませんか。これは予行演習ですから。――ね、グレン様」
ダシルが笑顔を見せた。
「そうだな」
グレンも心なしか嬉しそうだった。
「アンタもグレンと結婚しなさいよ、ね」
リャドがけしかけるのへ、
「俺、女の人の方がいいよ。グレン様もそうですよね」
ダシルが答えた。
「ああ」
と、グレンも首肯した。
(ティエリア、アレルヤ。本番の結婚式には、刹那の花嫁姿を見せるからな)
ニールは独り決めした。刹那のウェディングドレス姿は、さぞかし可憐だろう。
ティエリアもアレルヤと結ばれるといい。ニールは本気でそう願った。
ニールは刹那を下ろすと、指輪をロアに返した。もちろん、刹那はリムおばさんに。
「ありがとうございました」
ニールは礼を言う。
「いやいや。幸せになっておくれね、二人とも」
リムおばさんは刹那とニールの手を握る。
もちろん、ニールは刹那を幸せにする覚悟である。

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