ニールの明日

第三十一話

長老の天幕は広い。
皆が酒の器をめいめいに上げて乾杯の音頭を取る。
その中にニールと刹那もいた。
長老はにこにこ顔だ。
(へぇー、ジョシュアも酒飲むんだな)
クリスチャンはあまり酒を飲まないと思っていたニールだった。
今、口にしているのはニールも飲んだことのない酒である。とても美味しい。彼はここの文化に対する認識を新たにした。
「こういう時に取っておいた酒さあ。飲まないと損だぜ」
「わかったわかった」
酔っ払いに絡まれて、ニールの笑顔が引き攣る。
「刹那、おまえはまだ無理だからな」
ニールの言葉に、刹那はこくんと頷いた。
「俺達は飲むよ」
「俺もグレン様も酒には強いですからね」
「わあったよ、グレダシコンビ。でも刹那には勧めるな。酒に溺れた人間を俺は知っているしな」
「グレダシコンビ?」
グレンは怪訝な顔をした。ダシルは涼しい顔で続けた。
「わかってますよ。俺達だって、限度がわからない年ではありませんし」
「そうか。なら良かった」
「さ、ニール、たんと飲め。あんたのおかげで今日は無礼講さ」
「あんたはいつも無礼講だろ」
「違いない」
ニールは酔いの回った大人達から逃げるように、刹那のところに向かう。夜の宴が過ぎていく。
天幕の入口に腰掛けた刹那が星空を見ている。
「綺麗だな」
その声に刹那はびくっと肩を動かした。
「……ニールか」
「ここで見る星座は一味違うな」
「ああ」
「ここは刹那の故郷に近いだろ。懐かしい星座とかないのか?」
「もう忘れた」
「おまえは忘れてばかりだな。端末だって」
「意外に根に持つタイプだな」
それは言えているかもしれない。
でなければ、デュナメスが粉々に砕け散った後も、家族の復讐をしようなんざ考えない。
(ライルは今、どうしているかな)
ライル・ディランディはニールの双子の弟で……たった一人の生きた肉親だった。アイルランドの商社マンになったと聞いている。でも、今は双子の弟よりもっと大切な存在ができてしまった。
(刹那……)
黒い空に瞬く星を刹那と二人で眺めている。それは大気のある証。ニールは相手の肩をそっと抱いた。刹那は身じろぎひとつしなかった。
一体、俺達は何をしてきたのだろう。こんな世界は嫌だ。なら、どうすればいい。
一瞬CBに帰りたくなくなっていた。
けれども……あそこには仲間がいた。思い出があった。
そう考えると、不意にティエリアに会いたくなった。
彼らの冒険談を話したら、きっと喜んでくれるであろう。彼は仲間思いの人間だから。
けれど、人慣れない、アレルヤの恋人。そういえばアレルヤはどこへ行ったのだろう。
ニールは一旦刹那から離れ、荷物から端末を取り出した。そして刹那の隣に戻った。
「よぉ、ティエリア」
「……ロックオン」
そういえば、自分はロックオンというコードネームだった。忘れていたわけではないが、ニールの方が通りが良くなっている。
「どうしたんですか?今日は」
画面の中のティエリアが眼鏡を直すのが見える。
「あー、えっとな、俺達結婚したんだわ」
「そうですか」
ティエリアは、『誰と?』とはきかなかった。周知の事実であったのだろう。
「貸せ」
刹那が端末をニールから取り上げた。
「今のはニールの説明不足で、正確には結婚式の予行演習をしただけだ」
「ふぅん。聞けば聞くほど熱々だな、君達は」
「……アレルヤは見つかったか?」
「わからない」
ティエリアは首を横に振った。菫色の髪が揺れた。この一言と一連の動作に、ティエリアの悔しさと寂しさが表れていた。秀麗な彼の眉目がけぶる。
「死んではいないと思う。というか、そう願いたい」
淡々と話すティエリア。だが、胸の内は穏やかでなかったであろう。ティエリアにとって、アレルヤは仲間で……恋人だ。
ニールと刹那の仲を妬くほど子供ではなく……だとすると、彼の想いはどこへ行く術を持つだろう。
ニール達にとっても、アレルヤはかけがえのない仲間だ。気になる……ティエリアほどではないにしてもだ。
ティエリアのバックには星空が映っている。彼もまた、星々に抱かれているのだろう。
アレルヤもこの星達を見ているのだろうか。
「ティエリア、俺達CBに帰るよ」
刹那が握っている端末の画面に、ニールが話しかける。刹那も彼を見て頷いた。
「……そうか」
ティエリアの口元に微笑みが点った。
「いつになるかわかんないけどな」
「待ってる」
「またな」
「元気で」
刹那が端末を返してくれた。ニールがスイッチを切る。
ティエリアとアレルヤは、深い縁で結ばれている。ニールと刹那が切っても切れない縁で結ばれているように。
ニールにはそれがわかる。ティエリアとアレルヤとも、また会える。運命を信じることができる。
ハロのことをきくのを忘れたことを少し悔やんだが。
ニールの昨日は、涙と復讐の日々だった。けれど、ニールの明日は、太陽の如く輝いているだろう。他の人々の明日がそうであるように。

後書き
『ニールの明日』まずは一区切りです。
ちゃんと終われたー。嬉しいー。
リクエストがあれば、また続き書きますよ。
2012.3.17


目次/HOME